『黒い魎』(岡崎大五/祥伝社 1785円)
歴史小説は完全なる想像の産物ではない。現実に起きた出来事にいかなる解釈を与えるか、そこが作者の腕の見せどころだ。本能寺の変を起こした明智光秀の心境は本人にしかわからないのだが、「なるほど、このように考えていたかもしれないな」と、後世の読者をうなずかせる説得力を持たなければいけない。
本書は東日本大震災をモデルにした小説だ。まだ1年2カ月ほどしか経過していない先月5月に刊行された。いまだ様々な問題を抱えており、過去の惨事と片付けられてはいない出来事をフィクション化するに当たって、作者はかなりの覚悟をしたに違いない。歴史小説の書き手以上に慎重で説得力のある解釈を生み出さなければ、現実にいる多くの当事者たちを傷つけることになりかねないからだ。しかし作者は、果敢にこの難題に挑んだ。
山岸保は東京で還付金詐欺グループに加わっている青年だ。母親の借金を返すために嫌々参加しているのだ。冷酷なリーダーが東日本大震災に乗じた新たな犯罪を命じてきた。良心の呵責は強まるばかりだ…。物語が進むに連れ、全国に顔を売りたいという野心を持つ地方局の女子アナ、家族崩壊の危機を抱えてボランティアに参加したフリーターの女性など、様々な者が人生の岐路に立たされるようになる。いったいこの震災に私たちはどう対処していけばいいのか、現在進行形で考えている小説だ。
(中辻理夫/文芸評論家)
◎気になる新刊
『ドラゴンクエスト25thアニバーサリー モンスター大図鑑』(スクウェア・エニックス・2520円)
「ドラクエI」の発売は1986年。当時の中2が今は40のオヤジというわけだ。
何度も冒険に旅立ち、レベル99を目指してモンスターと戦いまくった。それぞれ、その時の思い出がよみがえる感涙必至の1冊。
◎ゆくりなき雑誌との出会いこそ幸せなり
放送55年目を迎えたNHK番組『きょうの料理』のテキスト版(NHK出版/530円)。番組を見よう、とススメているわけではない。特集が『初夏の手仕事/梅・らっきょう・ぬか漬け』。しかも手作りで簡単に…というレシピが、オヤジにも楽しいからだ。
暑さが本番を迎える夏、どうしても食欲が減退する中で、さっぱりとした漬け物を自前で作ってみるのも悪くないはず。
梅干しの食べごろは漬けてから3カ月〜半年後と記載されているが、保存がきくので来年夏のお楽しみ。だが、しそを使ったシロップはすぐに作れ、すぐに飲める。甘酸っぱく爽やかな味は、夏にはうれしい一杯だ。
ぬか漬けに至っては、食材によって半日〜2日程度で完了する。塩分控えめのヘルシーレシピを紹介してくれるところもカラダに優しい。
料理の腕も知識も必要なく、簡単手軽に作れる漬け物。夏に向け、お手製のご飯のお供、酒の肴に挑戦してみるのは面白そうだ。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)
※「ゆくりなき」…「思いがけない」の意