『ペトロ』(今野 敏/中央公論新社 1680円)
皆、自分が主人公の物語を生きている。誰かの脇役として毎日を過ごしている、という気分はつまらない。しかし一方で、たまに脇役を務めると新たな喜びがもたらされたりもする。例えばものすごい才能を持った人物と接する時は、自己主張をしない方がいい。脇役として話の聞き手に徹していると、触れたことのなかった知識を学べる場合もある。
今野敏は、脇役なのに主役という不思議な刑事が登場するシリーズを書き続けている。〈碓氷弘一〉シリーズだ。最初は警視庁捜査一課の部長刑事だったが、途中で警部補に昇格した。三作目『エチュード』では若い女性心理調査官とコンビを組んだ。そして四作目に当たる本書では、また別の人物がパートナーを務める。著名な考古学教授の妻が扼殺された。現場である自宅マンションの壁に奇妙なマークが刻まれていた。何らかの古代文字、ペトログリフというものらしい。犯人からのメッセージだろうか。碓氷は意味を読み解くために専門家を訪ね歩く。そのうちの一人、アルトマン教授が事件に興味を持ち始めた。捜査に協力させて欲しいと言ってくるが…。碓氷のアルトマンを尊重する態度が読みどころ。優れた頭脳を持つ男を誠実にサポートする。脇役なのに主役にもなり得ているのは、この好感を持てる性格が一貫しているからだ。偽善ではなく、本当の善を知っている刑事だ。
(中辻理夫/文芸評論家)
◎気になる新刊
『鉄道会社はややこしい』(所澤秀樹/光文社新書・819円)
例えばJR中央線と地下鉄東西線、阪急線と地下鉄堺筋線…。このような相互直通の鉄道会社の間では、車両を貸し借りしていて、それらの使用料は精算しなければならなかったりする。そんな鉄道に関するウンチクが満載の楽しい1冊だ。
◎ゆくりなき雑誌との出会いこそ幸せなり
テレビCMでも放映していた『歴史のミステリー』(ディアゴスティーニ/創刊号100円。第2号以降580円)は、歴史上の様々な事件・出来事を再検証した興味深い雑誌だ。
現在発売中の第2号では、「聖徳太子は実在したのか?」「晩年の徳川家康は影武者だった?」といった疑惑を検証。歴史の“定説”を根本から見直そうという試みは専門書籍にも数多くあるが、1冊の雑誌で様々なエピソードを交えて解説する試みが面白い。
誌面の構成はタイトル通り、まさに歴史の新たな視点を示す証拠探しが中心。「本能寺の変の犯人は誰?」というテーマなら、明智光秀が信長にイジめられていたという定説を検証した上で、本当に信長と敵対関係にあった真の黒幕を提示してみせる。真偽の程はともかく、耳慣れた教科書的な歴史講義より読み応えあり。次号以降も「豊臣家は本当に大阪夏の陣で滅亡した?」「ジャンヌ・ダルクは実在した?」など、興味深いテーマが並んでいる。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)
※「ゆくりなき」…「思いがけない」の意