千葉県内に住むAさん(54)は、定年を6年後に控えたエリートサラリーマン。保険会社の営業職をこなし、部長まで務めた。ところが、このところすっかりやる気が失せ、部下の成績が悪くても「お前、今月の成績がなってないな」とハッパをかける気にもならない。
それどころか、支社の営業成績全体が悪いと上司から責められ、出社するのもイヤになった。
Aさんの不調は、精神的なものだけにとどまらなかった。本人がこう話す。
「足の筋力が弱くなったせいか、道を歩いていてよくこけるんですよ。運動が足りないと思ってジムへ通い出したら、今度は運動が終わった後、北アルプスの山に登った後のようにくたびれてしまった」
精神的にも肉体的にも不調のどん底にあったAさん。総合病院で診てもらうと、心療内科を紹介された。その医師から鬱病の薬を処方されて服用したが、症状は一向に改善しない。
そこで別の開業医に相談すると「年齢から考えて男性更年期ではないか」と専門の泌尿器科を紹介された。
血液検査をしたところ、男性ホルモンであるテストステロンの数値が8.5pg/mlだった。医師の診断は男性更年期障害。男性ホルモンが明らかに低いと言われた。
世田谷井上病院の井上毅一理事長が言う。
「男性更年期障害は、中年から初老期にかけて男性ホルモンが減少することによって起きるさまざまな症状のことです。生あるものなら一度は通過する、いわば宿命のようなものです。一般的にテストステロンが減少すると、脳がストレスに耐えられなくなり、ストレス耐性が低下します。したがって、仕事をやりたくない、会社に行きたくない、という人がいても不思議ではありません」
テストステロンは、95%精巣で作られる。生殖機能の調節、骨や筋肉の増強、脳の働きを高めるなど、男性らしい身体や精神を保つ働きをするという。
それが乏しくなったということは、単に性欲がなくなった、勃起しなくなったというばかりではなく、男性がその活動を維持していくことができなくなるわけだから、重大な疾患なのである。
「男性ホルモンは脳の中枢に働いて、闘争的、攻撃的な性格を形成します。それが低くなると、もうどうでもいいや、という投げやりな態度になってしまう。しかも、男性ホルモンが低下すると、内臓脂肪が溜まったり、脳の認知機能が低下し、鬱に対抗する力が弱くなることも報告されています」(前出・井上理事長)