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田中角栄「怒涛の戦後史」(18)元自民党副総裁・金丸信(下)

 田中角栄が脳梗塞で倒れ、最大派閥の田中派が揺れる中で、その約2年半後、田中が派閥の後継者として認めなかった竹下登が田中派の大勢を糾合、自派としての「経世会」を旗揚げし、竹下内閣を発足させた。

 その竹下内閣の骨格は、竹下を軸に、金丸信、小沢一郎の三者によって支えられていた。この三者は“ファミリー”である。

 竹下の長女・一子と金丸の長男・康信が結婚、小沢は田中角栄のすすめで新潟の大手建設会社「福田組」の社長令嬢・福田和子と結婚していたが、その妹である雅子が、竹下登の実弟・竹下亘(現・竹下派会長)と結婚したことにより、三者は姻戚関係になっている。ために、つながりは強固であった。

 当時、金丸の政治拠点となっていた個人事務所がパレ・ロワイヤル永田町にあった。この隣の十全ビルに小沢の事務所、この二人の事務所から通り1本はさんだTBRビルに竹下の事務所があり、それぞれに政治家、官僚、経済人、政治記者らが日参していた。

 永田町スズメは、この三角地帯を「ゴールデン・トライアングル」と呼んでいた。また、永田町を差配するとして、実のところ「憎い金竹小」の陰口もあったのだった。

 しかし、竹下がリクルート事件を契機に退陣すると、この「トライアングル」に異変が生じた。竹下は金丸と協調せず、自らの影響力温存をうかがい、以後、宇野宗佑、海部俊樹、宮澤喜一政権の誕生を推進。一方、この竹下に「世代交代」論者の金丸、政界再編による政権交代可能な政治状況の現出を画策する小沢が反発、やがて三者の関係は破綻することになった。

 破綻への最大のきっかけは、平成4(1992)年10月、当時、自民党副総裁だった金丸が、東京佐川急便から5億円のヤミ献金を受け取っていたことが発覚、衆院議員を辞任せざるを得なかったことにあった。

 結局、金丸は翌年3月、ヤミ献金総額10億3000万円を脱税したとして所得税法違反(脱税)容疑で逮捕される。一方で、このヤミ献金問題の処理をめぐって金丸と小沢が対立、以後、竹下を交えての三者は泥沼の抗争に巻き込まれていくのだった。

 揚げ句、竹下派経世会は分裂、竹下は小渕(恵三)派の事実上のオーナーとなり、小沢は羽田孜、渡部恒三らと羽田派を立ち上げて自民党を離党した。その後、小沢は新生党を立ち上げ、竹下が推した格好の宮澤政権を選挙で打ち破る。非自民の細川(護煕)政権をつくり上げ、自民党を野党に転落させるなど「風雲児」ぶりを示したものだった。

 一方の金丸はと言えば、持病の糖尿病と戦いながらも裁判に縛られ、この頃はすでに“過去の人”となりつつあった。
 何やら金丸は、病に倒れ、それを機に竹下に政権が回ったことで“過去の人”を余儀なくされた田中と、運命の図式が似ていたとも言えたのだった。

★「闇将軍」と「妖怪」

 振り返ってみれば、「政策派」ではなく「体力派」議員から出発した金丸は、その後も政策判断などはいささか「アバウト」で、これは金丸の“代名詞”にもなっていた。しかし、後年は持ち前の調整力で実力者への階段を駆け上がっていったものだった。

 閣僚経験は建設、国土、防衛、竹下内閣では副総理も務めた。このあたりは調整力が金丸の最大の持ち味となったが、それを支えたのは金丸特有の情報収集策にあったようだった。金丸自身が、そのあたりを次のように告白している。

「ある人から話を聞く。しかし、私はそれを鵜呑みにはしませんよ。なんとなく、あっちこっちでいろんな話が入ると、別のところの記者二〜三人から聞くんだ。こんな話もあるよ、君は耳にしているかい、と聞く。知っておれば、いろいろな話を聞かせてくれる。これはまともな話だということであれば、それでは私もどうすればいいかを、そのときに考えるということだ」(『金丸信寝技師の研究』仲衛・東洋経済新報社=要約)

 ちなみに金丸の妻・悦子は、これを「夫は希代の聞き上手。先入観でなく“後入観”で、臨機応変、柔軟に動くのがコツ」と表現している。

 一方、姻戚関係にあった金丸、竹下と田中の「手法」の違いを、かつて小沢が筆者にこう分析してくれたことがあった。

「金丸さんは『人間のやることで、なんともならねぇものなんかあるものか。捨て身でかかれば、必ず勝機が出る』と“名言”を残したが、人の意見は本当によく汲み上げていた人だった。根は素直だったね。竹下さんはと言うと、聞いているふりをして、聞いていないことが多かった。田中さんは、若い議員が何か進言めいたことを言うと『生意気言うなッ』と突っぱねるんだが、あとでそう言ったことに気をもんでいた。三人に共通していたのは、人使いのうまさだったな」

 東京佐川急便事件で議員辞職に追い込まれた金丸は、こう言ったことがあった。

「あの岸信介(元首相)が『昭和の妖怪』なら、オレは『平成の妖怪』になってみせる」

 田中角栄は「闇将軍」として政治家人生の下り坂を最後まで突っ張ったが、金丸は「妖怪」に成りきれずにその幕を下ろしてしまった。「人脈」の厚さが、その“差”になったと見ていいようであった。
(本文中敬称略)

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【著者】=早大卒。永田町取材49年のベテラン政治評論家。抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書に『愛蔵版 角栄一代』(セブン&アイ出版)、『高度経済成長に挑んだ男たち』(ビジネス社)、『21世紀リーダー候補の真贋』(読売新聞社)など多数。

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