一方、日本人の平均寿命は、男性79.55歳、女性86.30歳である。健康寿命と平均寿命には男女10年あまりのギャップがある。ここからわかるのは、約10年間は誰かしらの力を借りなければ生きられないということ。日本人の介護依存率の高さを浮き彫りにしている。
介護生活は、当人だけでなくその家族にまで負担をかける。誰もが避けたい事態だ。健康寿命を延ばすため、寝たきりにならぬよう健康にどれだけ気をつけても、生きている限り齢はとる。老化が進行するにつれ、ケガ・病気による寝たきりリスクは高まっていく。
「ただ、病気やケガはあくまでも寝たきりになるきっかけ。直接的な要因は、長期間じっとしたまま体を動かさないことで起きるのです。とくに高齢者は、何らかの病気でほんの数週間寝込んだだけで、回復した後歩くのにも難儀する。体力がないから動かなくなる。動かなくなるから気持ちも塞ぎ込む。それで、ますます動けなくなる。寝たきりは、そんな悪循環が長引いてしまった結果なのです」
そう話すのは、整形外科、在宅医療、訪問リハビリを都内で展開する『アットホーム整形リハビリクリニック』の腰塚裕理事長だ。
寝たきり生活が続くことで筋肉が固まり、関節の動きが鈍くなる。骨がもろくなるなど、体全体のあらゆる機能が弱まり、働かなくなる状態のことを「廃用症候群」と呼ぶ。
一度寝たきり生活を経験すると、復帰には大変な苦労と努力を伴う。廃用症候群からの回復の困難さは、なにも高齢者に限ったことではない。
税理士の坂口敬浩さん(仮名・45歳)は、趣味のオートバイを運転中に車と接触、救急車で運ばれ入院した。右の足首と膝を骨折して緊急手術。骨はボトルで固定され、絶対安静の日々が3週間ほど続いたという。その間、ほとんどをベッド上で過ごした坂口さん、いざ、リハビリ初日に理学療法士に支えられ、久々に立ち上がったときだ。
「30秒も立てない。全身の血液が下へ集中する感覚で、頭はフラフラ。ちゃんと立てるのに1週間かかりました。リハビリメニューが進み、足首や膝を曲げようとしても、関節と筋肉が固まって曲がらない。だから、無理やり先生が曲げる。これが痛いんです。ぐぐぐっと曲げられては、悲鳴を上げていましたよ」
現在、歩行リハビリを続ける坂口さんは、負傷した右足の筋力が衰え、体全体のバランスまで崩してしまったことに気付く。持病の腰痛が悪化、かばった左足まで違和感に悩まされるようになったという。これら一連の症状も廃用症候群の一種といえよう。
「寝たきりの恐ろしさを実感しました。動けない、動きたくない。体が不自由で気持ちが滅入ってしまうと、そう思ってしまいがちです。ケガはすぐに治るわけではなく、治療は忍耐がいります。もし、私が年寄りで寝たきりになった時、治すぞ、という気力を保ち続けられるか、正直自信がありません」(坂口さん)
だからこそ、寝たきりにならないための介護予防が大切。その重要性は、老年になって気付くのでは遅い。健康寿命を延ばすためには、中高年の時から心身ともに備えておくべきだ。
「とりわけ60代から用心したいのは、運動器症候群・ロコモティブシンドローム(以下、ロコモ)です。現状、日常生活に支障はない。しかし、骨・関節・筋力の衰えで、将来的に寝たきりや要介護になる恐れがある人。転倒リスクが高く自覚症状に乏しい、寝たきり・介護予備軍のことです」(前出・腰塚理事長)