中高年者で糖尿病を発症した人が、治療せずに放置したらどうなるか。一例を紹介しよう。
都内に勤務する木下治さん(48=仮名)は、38歳のとき、会社の健康診断で「糖尿病の疑いがある」と警告を受けた。再検査すると、過去2カ月ほどの平均的な血糖状態を示すヘモグロビン(Hb)A1c値は、5.8%(正常値は5.2〜5.6%。糖尿病は6.1%以上)で、「正常」「糖尿病」の間の「境界型」と診断された。
両親、兄弟とも糖尿病とは無縁だったので、「ちょっと食べ過ぎているだけ。オレは大丈夫」という根拠のない自信から、診断結果を無視していた。自覚症状がなく何も手を打たずにいると、翌年はHbA1cは5.9、翌々年は6.1に上昇。空腹時血糖は128ml/dl(正常は100〜110未満)で、ついに糖尿病と診断されてしまった。
それから2年後のこと。イエローカードを突き付けられた木下さんは、最近は「昼食後に妙に眠くなる」「背中がかゆくなる」「指先がジンジンする」などの自覚症状が表れるようになり、さすがに「このままではまずい。過食や運動不足に気を付けた方がいい」と思い、しばらくは車通勤や買い物も徒歩で行くようにして生活改善に注意するよう心掛けた。
しかし、サラリーマン社会は人付き合いも多い。木下さんもそんな日常生活に流されてしまい、努力は長続きせず、飲酒や深夜のドカ食いも以前の状態に戻ってしまった…。
結果はどうなったか。異常ともいえる食欲があるのに、木下さんの体重(68キロ)は増えず、逆に痩せ始めるという危険な兆候が見られるようになった。この現象はインスリン不足のため血液中の糖分を体に取り込めずエネルギー不足となり、筋肉などに蓄積されている糖分が使われて痩せるというもの。さらに失明につながる飛蚊症の自覚も出始め、足には靴下痕が残り、むくみも発症した。
木下さんが脳梗塞で倒れ、病院に搬送されたのはそれから間もない頃で、糖尿病の発症から10年年齢は48歳になっていた−−。
都内で総合医療クリニックを開く医学博士・久富茂樹院長は、こう説明する。
「少しぐらい血糖値が基準値を超えても大したことがない、と考えている方がよくいますが、最新の研究では、糖尿病と診断された時点で『血液中の糖分をエネルギーに転換したり、筋肉に溜め込んだりするのに必要なホルモンのインスリンを作り出す膵臓のβ細胞が、50%破壊されている』といわれます。このβ細胞は一度破壊されると元に戻らない。早い人では、その時点ですでに心筋梗塞や脳梗塞などの合併症状が起きているのです」