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天下の猛妻 -秘録・総理夫人伝- 池田勇人・満枝夫人(上)

 戦後の日本経済再建へ向けて「所得倍増計画」を推進し、高度経済成長をレールに乗せた池田勇人の妻・満枝は、わが国「ファーストレディー」の第1号である。戦前はもとより、戦後、わが国の首相夫人が夫とともに外国首脳を訪問、いわゆる外国のハイエスト・ソサエティー(超一流社交界)に“顔を出した”ことは、池田夫妻以前まではなかったのである。
 昭和36年(1961年)6月19日、池田は首相としての初の訪米に満枝を同行させた。「夫婦で行け」は、池田の師匠であった吉田茂元首相の“ツルの一声”によった。外交官経験の長い吉田は、男女同権が浸透する欧米では首脳の妻の同行は当然のことであり、妻の同行が外交交渉に少なからずプラスになることをよく知っていたのだった。

 しかし、万事“初のチャレンジ”には戸惑い、勇気、努力が不可欠で、池田夫妻も多くの“試練”に見舞われた。
 まず、英会話の準備であった。満枝は時の池田内閣官房長官に就任した大平正芳夫人とともに、即席のレッスンを受けた。なにしろ、夫の池田はといえば、バンカラ気質でエチケットなどは眼中にない人物であった。女性の椅子を引いてやるなどはやったこともなし、エチケットをエケチットと言ってはばからなかっただけに、タイヘンだったのだ。
 外務省儀典課も頭を抱え、「夫と妻のエチケット集」を作成、夫妻は大事なところに赤エンピツで棒線を引いては猛勉強したのであった。

 しかし、このドタバタ夫妻同行の訪米は、結果的には大成功となった。夫妻は時のジョン・F・ケネディ大統領夫妻との公式レセプションもこれ無事、なんとか務め上げた。現地の新聞は池田本人以上に満枝夫人に注目、ミセス・イケダは「物静かで思慮深い」との賛辞を贈ったのだった。ただし、これには訪米同行記者のこんな“補足”があった。
 「満枝夫人、どこへ行っても、もっぱら“低姿勢”と“100万ドルの微笑”で押し通してしまった。要するに、英会話でのやりとりはムリで、結局、何もしゃべらなかったワケ。それでも、外国人と違って宝石をキラキラ身につけるでなく化粧も控え目、寡黙が功を奏したことで『物静かで思慮深い』と映ったらしいのです」
 満枝はこの“お披露目興行”でわが国に「ファーストレディー」を定着させ、ある意味で日本外交の夜明けに先鞭をつけることに成功したということだった。

 さて、こうした満枝夫人、戦後歴代首相夫人の中では、素顔は最も「天下の猛妻」にふさわしい女史でもあった。池田派『宏池会』担当だった政治部記者のこんな証言がある。
 「周囲への気遣い、目配りは抜群のうえで、じつはなかなかのユーモリストであった。こうしたことが、“バンカラ池田”をどれだけ助けたか分からなかった。もっとも、物事の筋を通す、ハラのすわりも天下一品だった。池田が浮気をしたことが耳に入ったとき、家に帰ってきた池田を風呂場に連れていき、『あなた、ナニをやっているかは分かっているでしょう』と池田のうしろから首根っ子をつかんで、湯船に頭を突っ込んだのです。以後、池田は、二度と浮気をしなかったと言われている」

 ハラのすわりについては、こんな“度胸”も辞さなかった。そのエピソードを、金子一平という元代議士が明らかにしている。池田の首相在任中の話である。
 「私は昭和35年11月の総選挙に〈旧岐阜2区〉から初出馬したのだが、当時の岐阜は『大野伴睦(元自民党副総裁)にあらずんば政治家にあらず』と言われた時代だった。したがって、大野系でない私は公認も潰され、大野さんは池田先生に『金子を応援することはまかりならん』とまでクギを刺したくらいだった。案の定、私の選挙は苦戦となった。選挙戦の中盤に入って、池田先生からこんな電話が入った。『大野さんとの話もあり私が岐阜に応援には行けんが、妻の満枝をやるから、多治見市内に限って使ってくれ。高山市までは絶対入ってはいかん。大野さんとの約束だ。明日、多治見へ満枝をやる』と。

 翌日の夕方、満枝夫人は約束通り多治見に来てくれ、応援演説をやってくれた。そのあと、夫人はこう言われた。『ここに来る京都から名古屋への汽車の中で、私の席に自民党岐阜県連の幹部が来て、“もし高山に入ったら足の1本、腕の1本もなくなると思え”と言い残していきました。私は池田には高山には行くなと言われたが、高山に入りますよ』と。
 結局、夫人は高山に入り、大野系運動員の威嚇をものともせず、高山駅前で堂々の大演説をやってくれた。“ド根性”とは、まさにあれを指している。あのド根性姐御肌ぶり、あとにも先にもそんな女性を見たことがなかった」

 満枝のハラのすわり、ド根性姐御肌ぶりは、こんなものだけではなかったのである。
=敬称略=

小林吉弥(こばやしきちや)
早大卒。永田町取材48年余のベテラン政治評論家。抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書に『決定版 田中角栄名語録』(セブン&アイ出版)、『21世紀リーダー候補の真贋』(読売新聞社)など多数。

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