旧住宅公団から2004年、独立行政法人化したURは、全国約77万戸の賃貸住宅を擁する。入居に保証人が不要なことから、外国人などにも人気が高い。
URは、全国を4ブロックに分け事業展開。近畿地区はすでにインターネットのサイトで特別募集を公開している。しかし、全物件の大半の43万戸を占める首都圏では営業所などに出向かなければならず、この特別募集は「知る人ぞ知る」ウラ情報だ。
室内で入居者の不幸があった物件が対象で、通常なら取り替えない浴槽や便器、洗面器などの設備機器も場合によっては新品に交換する。最大の魅力は、一定期間の家賃の半額割引(一部の物件を除く)だ。
「半額」のインパクトは高級マンションほど大きい。このほど東京・新宿のUR営業センターで行われた月1回の抽選会には、約40件の募集に200人以上の応募者が集まった。人気のない物件には入居希望者が寄り付かない一方、東京・中央区月島の通常月額15万2800円の1Kは、半額の7万6400円で入居できるとあって、9人が殺到する高倍率となった。
こうした「ワケあり物件」は、一般の賃貸住宅でも入居希望者から敬遠されがちなため家賃を下げて募集するのが通常だが、明確な基準はない。不動産関連業者は「『ワケ』の内容にもよるが、本来家賃の7〜8割程度か」と内情を明かす。
宅建業法では先住者に関するこのような事情を、契約の際に「重要事項」として告知するよう定めているが、どこまで詳しく知らせるかは業界の判断にゆだねられているという。
「ワケ」の内容に関係なく一律に半額のURの特別募集は、契約に向けた予約の段階で「事故」の状況を通告するだけ良心的とも言える。抽選会で多摩地区の2DKを希望し当選した男性は、担当者から説明を受け、「病死だってさ。高齢の方みたいだから、仕方ないよね」と満足した表情で会場を後にした。
昨年4月のフィリピン女性バラバラ殺人事件で現場となった東京・港区台場の高層マンション(33階建て)は、URの物件だ。月25万円を超えたという28階の部屋も、半額で貸し出す特別募集の対象となるはず。取材にURは、「個別の物件の状況についてはお答えできません。事件の性質もあるし」(広報チーム担当者)と答えた。
これまでひっそりと入居者を募ってきた「ワケあり物件」で、URが特別募集のPRに踏み切った背景には、死生観をめぐる変化がありそうだ。
今年2月の第81回米アカデミー賞で納棺師を描いた「おくりびと」が外国語映画賞に輝いたことも影響し、大学生の間で葬祭会社への就職人気が高まるなど、「人の死」に対するネガティブな受け止め方が従来よりも薄れていると考えられる。前出の不動産関連業者も、「最近の若い人は、(ワケあり物件でも)あまり気にしないね」と話す。
一方、ネット公開が近畿圏で先行したことについてUR担当者は、「サイトの制作担当者が別であるためで、特別な狙いがあるわけではありません」と顧客の利便性を強調。死生観に地域性があるのではないかとの記者の仮説を否定した。
入居希望者にとってこうした情報がオープンになることのメリットは大きい。また、他の民間業者にとって、ワケあり物件の扱いを定める指針となりうる。
しかしその半面、URの動きは民間業者にとって脅威でもあり、家賃半額の大々的アピールは、独立行政法人による民業圧迫だとの批判を受ける新たな引き金になりかねない。