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人が動く! 人を動かす! 「田中角栄」侠(おとこ)の処世 第53回

 昭和47年7月5日。自民党臨時党大会での総裁選には、4人の候補者が立った。田中角栄、福田赳夫、大平正芳、三木武夫であった。
 第1回投票は田中が佐藤派田中系81名を中心として156票、福田は自らの福田派を中心に150票、大平101票、三木69票と出た。田中と福田の差はわずか6票であったが、これには裏があった。田中と大平は肝胆相照らす仲。言うならば「盟友」で、田中は大平の票を気遣ったということだった。大平の票がフタケタ台にとどまり、仮に三木の票にも遅れを取るようなことがあれば、その後の大平の政治家人生、すなわち「総理総裁候補」に傷が付きかねず、この第1回投票では、自ら1位は確保しながらも、相当数を大平に回していたということだった。田中と大平の友情の度合いが知れる話である。

 第1回投票で、大会議長から「田中角栄君156票」とトップで読み上げられたとき、田中はうめきともつかぬ「おお…」という声を上げ、座っていたイスから実に10センチ以上も飛び上がった。「これで決まった」、田中の緊張の度合いが知れたものである。
 総裁選は第1回投票で誰も過半数を制した者が出なかったため、大会規約により、上位2者、田中と福田の間での決選投票となった。
 結果、田中が大平との連携を軸として282票を獲得、一方の福田は190票にとどまった。
 田中が総裁の座を射止めたその瞬間、テレビは普段から汗っかきの田中の顔から大粒の汗が吹き出している画面を大写しで流した。母・フメはその姿を新潟の実家で見、テレビ画面の田中の汗を黙ってハンカチで拭っていたものである。

 7月6日。この日、召集された臨時国会で佐藤(栄作)内閣が総辞職、合わせて田中が衆参両院で内閣総理大臣に指名された。時に54歳、それまでの史上最年少、高等小学校卒という大学卒業の経歴がないという類を見ない総理大臣が誕生したのだった。
 一方、メディアは田中のこうした総裁選出、総理大臣誕生を、「庶民宰相」「今太閤」とまるで手放しのように歓迎した。例えば、全国紙は「いま田中首相の登場を迎えて、変化への予感と期待がよみがえろうとしている」(朝日)、「野人総裁角さん、浪花節と“電算ブルドーザー”」(読売)、「高小卒で天下を取る」(毎日)と活字を躍らせ、総理就任直後の内閣支持率は当時としては出色の実に62%(朝日)を記録した。ちなみに、この歴代最高記録は平成13年、小泉純一郎内閣の誕生による87%(読売)によって破られている。

 こうした中、第1次田中内閣を成立させた直後、田中は秘書の佐藤昭子にこう漏らした。「オレは(総裁)2期6年はやらない。1期3年で人の2期分働いてみせる」。また、メディアからの“追い風”に励まされたように、「内閣はできたときに最も力がある」と意気込みを吐露した。
 ここでの後者について言えば、田中はその後も次のような言い回しをしている。「仕事をすれば、批判があって当然のことだ。しなければ責任回避を見抜かれ、叱る声さえも出なくなる。私の人気が悪くなってきたら、ああ田中は仕事をしているんだと、まァこう思っていただきたい」と。
 こうしたことは、一般社会でも同じである。それなりの責任あるポストに就いた場合、そのときが一番力があるのだから、モタモタせずに積極的にチャレンジせよと言っているのである。

 なるほど、「内閣はできたときに最も力がある」とした田中の立ち上がりは早かった。自らキャッチフレーズとした「決断と実行」のエンジン全開である。政治課題、政策の柱は二つ。一つは日本と中国の国交正常化、もう一つは全国を新幹線と高速道路で結び、太平洋側と日本海側の過密・過疎の解消、すなわち格差是正へ向けての「日本列島改造計画」の実施であった。
 まず、「日中国交正常化」。7月7日、内閣がスタートしたその日の夜、早くも動いた。田中は外務大臣に指名した大平正芳ともども、赤坂の料亭に密かに外務省の橋本恕・中国課長を招き、こう伝えた。「この内閣は日中の国交正常化をやるつもりだ。ご苦労だが、あくまで極秘に交渉を進める作業に入ってもらいたい」。総理や外相が官庁の一課長に“頼み事”をするというのは異例だが、ポストで人を問うということをしなかった、これが「田中流」ということでもあった。

 しかし、折から自民党には強固な「親台湾派」が少なからずおり、中国共産党との正常化交渉の前に立ちふさがった。「田中はけしからん」、党外からも正常化反対の声も出た。とはいえ、田中の「決断と実行」は揺るぐことがなかった。
 田中は言った。「総理になるということは、銃口の前に立つことだ」。その身の引き締まりぶりがうかがえたのである。
(以下、次号)

小林吉弥(こばやしきちや)
早大卒。永田町取材46年余のベテラン政治評論家。24年間に及ぶ田中角栄研究の第一人者。抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書、多数。

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