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カエルから妖精まで、不思議写真の謎(4)

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画像はイメージです。

 いまから百年ほど前、イギリスのコティングリーで2人の少女(当時9歳のフランシス・グリフィスと、いとこで15歳のエルシー・ライト)が妖精の姿を撮影したとされ、シャーロック・ホームズの作者として有名なコナン・ドイルが写真を本物と認めたことから、当時のイギリスで激しい論議が巻き起こった。有名な「コティングリー妖精写真事件」である。

 写真には、蝶のような羽を持つ小さな人影が少女の周りを舞い踊る姿などがおさめられており、当時の鑑定では「ネガもプリントも修正を施されておらず、写真は野外で撮影され、多重露光でもない」との結果が出ていた。

 妖精写真が撮影された当時、既にレントゲン写真や動体連続撮影写真などが存在しており、人間の目には写らない現象でも「写真にはおさめられる」という認識が社会に広まっていた。他方、そういった認識を悪用して心霊写真を偽造したり、あるいは写真によって心霊の実在を証明しようと試みる人々も出現していた。そのため、妖精写真が撮影された段階でも、心霊写真の存在と真偽に関する論争が半世紀ほど続いており、偽心霊写真の検証についても手法が確立されていた。

 妖精写真についても心霊写真と同様の疑惑にさらされ、偽心霊写真を暴いた技術や手法による検証がなされたのである。

 現在、確認されている最古の心霊写真は1861年にアメリカで撮影されたとされるプリントだが、亡霊として示された人物が生きていたことから偽造が発覚している。撮影者が全てのネガを廃棄してしまったため、具体的な偽造方法は不明だが、恐らくは単純な多重露光と推測される。

 写真の発明が公開されたのは1839年だが、心霊写真が撮影された当時は1851年に発明された湿式コロジオン技法が主流で、ガラスネガに像を写す点が大きな特徴であった。ガラスネガとは光に反応する乳剤を塗布したガラス板で、後のネガフィルムと同じ役割を果たす。ガラスネガの登場によって、複数のネガからひとつのプリントを合成することが可能となり、実際にそのような合成写真がいくつも制作されていた。

 また、ガラスネガは比較的大きかったので(例えば、コティングリー妖精事件で使用されたガラスネガは、概ね5〜6インチ級のスマートフォンに近い大きさだった)、映像そのものを修正したり、あるいは合成素材用に加工することも可能だった。その他、ひとつのネガを繰り返し撮影して映像を合成する多重露光も盛んに行われ、代表的な心霊写真の偽造手法となっていた。

 まとめると、当時の心霊写真偽造手法は複数のネガを用いた合成写真、ネガの修正による加工写真、多重露光、そして「心霊に扮した人や人形を用いる作為写真」のいずれか、あるいはそれらの複合となる。

 しかし、いずれもネガに加工の痕跡が残ったり、あるいは野外での撮影が難しいとされていた。そのため、コティングリー妖精事件においては、先述の鑑定結果が非常に大きな意味を持ったのである。

(続く)

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