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「ごっつい嫌い」岡村隆史、ひな壇を拒否する西野亮廣に異論?<共演NG?【犬猿の仲】の有名人>

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岡村隆史

 ナインティナインの岡村隆史が5日、日本ダンススポーツ連盟ブレイクダンス本部の「JDSFブレイキン応援団長」に就任。ブレイクダンスは2024年に開催されるパリ五輪の追加競技として注目を集めており、世界で活躍するブレイキン種目の日本人選手らを岡村がサポートしていく。

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 中学時代、ブレイクダンスに目覚めた岡村は当時、ストリートでブレイクダンスの練習に明け暮れ『KID(キッド)』と名乗る、関西では有名なBboy少年だったようだ。世界で活躍するトップダンサーの中には、岡村の影響でブレイキンを始めたというダンサーがいるほどだ。

 岡村というと、1990年に相方・矢部浩之とナインティナインを結成。実は、コンビ名の由来にはブレイクダンスの技である1990(ナインティ)からきているという。91年、吉本印天然素材に参加し東京に進出する。92年には「ABCお笑い新人グランプリ」最優秀新人賞を受賞。以降は、冠番組を多数抱えるまでに成長し、お笑い第4世代の代表格として今なお第一線で活躍している。

 そんな売れっ子芸人の岡村だが、キングコング・西野亮廣との確執は知られるところだ。2015年7月、『FNS27時間テレビ』(フジテレビ系)のワンコーナー「フジ爆霊」に西野の相方・梶原雄太が出演する中、西野は不在。これを梶原が謝り、「ひな壇やりたくないっ言うてしもうたんです。だからこれにも強引にも出ないみたいな」と状況を説明した。

 すると岡村が、同年同月放送のラジオ『ナインティナイン 岡村隆史のオールナイトニッポン』に出演した際に「西野嫌いやねん」とバッサリ。普段は、“めっちゃ良いヤツ”と称賛していたものの「こういうこと言われると、ごっつい嫌いになんねん」と断罪した。

 そして2016年8月、西野は芸人引退を宣言。そして、これまでの不満をぶちまけるかのように西野が岡村に宣戦布告したのだ。
 「ニュースサイト『日刊ゲンダイ』のインタビューに応じた西野は、かつて『嫌い』と宣告された岡村に応戦の構えを見せたのです。昔の話を持ち出した西野は、『なんばグランド花月』を回顧しながら『早く出てってくれへんかなと。岡村さんのために時間も使いたくない』と岡村を侮辱し、西野の活動に茶々を入れてくることに対してもうっとうしいと感じていたようです」(芸能ライター)
 さらに、後輩芸人に小うるさいという岡村に対して西野は、「かみつくなら上に行けよと思うんです」と挑発。あげくには、「僕は岡村さんが面白いところを見たいのに、芸能界のご意見番みたいなことすんなと」とあおりまくったのだ。

 この“西野節”に岡村のアンチが共感し、ネット上では盛り上がりを見せたようだ。そして、内輪の悪口を堂々と口にする西野に対して、「いいぞ!西野」「まさにその通り」など共感する声が上がったという。

 しかし、その後は沈黙が続くも、2016年12月放送の『めちゃ×2イケてるッ!』(同)で両者の共演が実現。番組内の企画を通してお互いの誤解を解き、最後は“ハグ”で無事、和解に至った。西野は「岡村さんのことが、すっかり好きになっちゃいました」と笑みを浮かべ、対する岡村も「お酒を一緒に飲みたい」と、これまでのわだかまりが解除される瞬間となった。
 ところがその後、西野は実業家へと転身し、メディアへの露出が減少したことから共演する機会が少なくなってしまった。

 誕生日が同じという“運命的”な両者。成功を遂げた後輩の目には、岡村の活躍はどう映っているのだろうか。西野以上に岡村の活躍も期待したいものだ。

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