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世の中おかしな事だらけ 三橋貴明の『マスコミに騙されるな!』 第33回 規制緩和とは何なのか?

 長引くデフレに苦しむ日本経済を成長させる、具体的には「GDPを増やす」ためにはどうしたらいいだろうか。
 簡単である。金融政策と財政政策のポリシーミックスにより、政府主導で国民経済の「本来の供給能力(潜在GDP)」と「現実の需要(名目GDP)」とのマイナスの乖離、いわゆるデフレギャップを埋め、デフレから脱却すればいいだけだ。余りある供給能力を「使い切れる」ように、政府が需要を拡大するためにおカネを使うのである。すなわち、
 「日本銀行が通貨を発行し、政府が国債発行で借り入れ、雇用や所得が生まれるように使う」

 アベノミクスの第一の矢と第二の矢は、方向性としては間違いなく正しい。
 問題は、第三の矢である。内閣官房参与の浜田宏一教授は「3番目の矢の成長戦略、これは生産能力を拡大しようというものだ」と述べていたが、その通りである。成長戦略と称される第三の矢は、規制緩和が中心になっている。
 規制緩和とは、文字通り政府の規制を緩和し、特定の産業分野への参入障壁を減らし、新規参入を増やす政策だ。新規参入が増えると、競争が激化し、潜在GDPが拡大し、生産能力が増え、物価が下がる。

 現在の日本にとって、競争を激化させ、物価を抑制する政策は正しいだろうか。
 日本が「需要が供給能力を上回る」インフレギャップの状態にあれば、規制緩和による潜在GDP拡大は国民経済の成長に大きく貢献する。競争激化で生産能力が拡大しても、買い手、顧客(需要、名目GDP)は十分に存在するわけだ。とはいえ、現実の日本はデフレだ。
 デフレの国が規制緩和で生産能力拡大をめざし、一体、何をしたいのだろうか。現在の日本が潜在GDPを引き上げると、供給能力が不要に(=需要がないにもかかわらず)増大する結果となり、デフレギャップは拡大する。結果、企業倒産や失業が増加し、肝心の需要(名目GDP)がますます抑制されてしまう。

 マスコミでは「成長戦略こそが肝心」などと報じているが、「成長戦略」の中身が規制緩和中心である限り、間違っている。デフレ期の国が規制緩和で生産能力を拡大すると、デフレが深刻化するだけだ。アベノミクスの第三の矢は「成長抑制策」なのである。
 もちろん、筆者は別に「規制緩和は常に悪」などと言いたいわけではない。とはいえ、政府の存在目的が「規制緩和」でないことも、また確かなのである。政府の目的は「経世済民」だ。すなわち「国民を豊かにするための政策を打つこと」こそが、政府の目的なのである。国民を豊かにすることができるならば、規制緩和も善となる。規制緩和はあくまで「手段」であり、目的ではない。
 別の言い方をすれば「国民を貧しくしてしまう規制緩和」は、間違っているとしか言いようがないのだ。何しろ、政府の目的である経世済民に反している。

 '89年の日米構造協議以降、日本では様々な規制緩和が行われた。その中でも、特に「間違っていた」と断定できる事例をご紹介する。
 1990年に物流二法(「貨物自動車運送事業法」及び「貨物運送取扱事業法」)が施行され、我が国の運送事業における規制が大きく緩和された。
 それまでの我が国の運送事業は、基本的に運輸省による免許制であり、新規参入時には最低20台の車両台数が必要だった。1台数百万円の貨物トラックを20台揃えなければ、運輸省の免許をもらえなかったのだ。これは確かに、参入障壁が高い。
 というわけで、'90年に物流二法を施行し、免許制を認可制に改め、最低車両台数は5台に引き下げられた。さらに、それまでは認可制だった運賃も、届け出制に変更された。参入障壁を引き下げ、運賃の自由化を推進したわけだ。

 結果、運送業界では確かに新規参入が相次ぎ、日本の貨物自動車運送事業者数は約4万社から約6万社に増えた。業者数が1.5倍になり、道路貨物運送サービス価格は下がり始めた。
 とはいえ、1990年とはまさにバブルが崩壊を始めた年である。バブル崩壊で「需要」が減少する中、規制緩和で業者数が増えた結果、何が起きたか。
 特に、1998年のデフレ本格化以降、運送サービス価格の下落率以上のペースで、道路貨物運送業の賃金水準が落ちていったのである。ピークから見ると、運送サービス価格の下落率は6%ほど下落した。それに対し、賃金水準の方はと見れば、一時('09年)は17%超も落ち込んでしまったのだ。
 物価の下落率以上のペースで、所得(賃金)が下がる。まさにデフレ期の特徴であるが、'90年の運送事業の規制緩和は、同業界で働く人々を間違いなく「貧しく」してしまった。
 確かにサービス価格は下落したが、'90年の運送事業の規制緩和は「経世済民」の目標を達成したと言って構わないだろうか。そんなわけがないのである。

 繰り返すが、規制緩和は単なる手段であり、目的ではない。そして、規制緩和とは新規参入を増やすことで「価格を下げる」ことを目指す政策だ。
 デフレ期、つまりは「物価の上昇」を実現しなければならない時期の規制緩和は、本当に正しいのだろうか。間違っていない、と強弁する人には、是非とも「デフレ期に規制緩和をしても、働く国民の所得は下がらない」というプロセスを、論理的に説明して欲しいものだ。

三橋貴明(経済評論家・作家)
1969年、熊本県生まれ。外資系企業を経て、中小企業診断士として独立。現在、気鋭の経済評論家として、わかりやすい経済評論が人気を集めている。

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