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嵐の中で豪華客船が炎上した時、船長は死んでいた…客船モロ・キャッスルの謎「4」

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画像はイメージです。

 ちょうど80年前の1934年9月、ハバナ航路の豪華船モロ・キャッスルが炎上し、乗客乗員138名が死亡する大惨事となった。その上、焼けただれ漂流していた船体が、観光地として賑わっていたアズベリーパークの浜辺に打ち上げられ、悲惨な写真が新聞の紙面を大きく飾って全米の注目を集めたのである。報道が過熱する中で、多くの船員が乗客を見捨てて先に逃げ出したこと、そして出火の数時間前に船長が急死したことなどが明らかとなり、大惨事の影に隠されていた謎にも多くの人が関心を寄せた。

 しかし、当局の捜査によっても出火原因は解明されず、やがてモロ・キャッスルの残骸は解体された。また、急死した船長の遺体は火災で白骨化しており、簡単な検視の後に埋葬されたという。やがて、人々の関心は船員の責任を裁く法定劇へ移り、連邦裁判所での審理が終わった1937年ごろには、すっかり忘れ去られていた。ところが、事故から半世紀ほど経過した1980年代に、アメリカの大手ケーブルテレビ局が放送した事故のドラマは、通信士が船長を毒殺し、時限発火装置で放火したという説にもとづいていたのだ。

 ドラマの根拠となったのは、事故から3年後の1938年3月に警察署小包爆弾を送りつけた犯人の告白だった。かつてモロ・キャッスルで通信士を務めていた彼は、事故の後に警察の通信士として再就職したが、なんらかの理由で上司へ小包爆弾を送りつけ、そしてかつての職場でも上司である船長を殺害、放火したという…

 告白した元通信士は、第2次世界大戦中に技術者として早期釈放されたが、その後はモロ・キャッスルについて語らず、殺人事件を起こして服役中の1958年に死亡した。真相はいまだ解明されていないが、アメリカにはモロ・キャッスルを事故ではなく、大量殺人事件と考える人が少なくない。

(了)

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