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世の中おかしな事だらけ 三橋貴明の『マスコミに騙されるな!』 第85回 日本経済の悪魔とは何なのか?

 安倍晋三総理大臣は6月30日、イギリスのフィナンシャル・タイムズ紙に「私の第三の矢は悪魔を倒す」という、極めてセンセーショナルなタイトルの論文を寄稿した。
 総理は「改革」の実例として、法人税率を2.4%引き下げたことを挙げ、来年度以降も税率をさらに引き下げる「予定」と書いている。法人税引き下げの理由は、「経済成長を促進し、グローバルな投資家を引き付けることにつながる」ためだそうだ。
 さらに、総資産130兆円の年金積立金管理運用独立行政法人(以下、GPIF)について、「前向きな改革」を推進するとのことである。
 具体的には、GPIFのポートフォリオの見直し、すなわち株式の割合を高めることで、グローバル資本を呼び込むわけだ。

 また、総理は各種の規制の撤廃、特にエネルギーや農業、医療分野を外資に開放することを言明したわけだから、愕然としてしまった。
 加えて、「女性の社会進出」が重要として、「働く母親のために家事を担う外国人労働者の雇用を可能にする」と約束したのに至っては、言葉もない。
 日本はいつから、外国人労働者に家事を任せ、主婦が働きに出るような文化の国に「落ちぶれて」しまったのか。

 ちなみに、総理の寄稿は外務省のホームページでは、タイトルが〈私の「第三の矢」は、日本経済につきまとっていた悪鬼を退治する〉となっている。
 悪魔だろうが、悪鬼だろうが、総理大臣自らこの手の抽象的な「レッテル貼り」をする姿勢は容認できない。リーダーが抽象用語で印象操作を図るような国の政府に、まともな政策を打てるはずがない。
 そもそも、日本経済の悪魔とは、何のことなのか。「第三の矢」で倒すと言明している以上、我が国の国民や企業を「保護」している各種の規制のことなのだろう。
 しかも、エネルギーや農業、医療、つまりは「エネルギー安全保障」「食料安全保障」「医療安全保障」という、日本国民の安全保障と直結する分野について「外資に開放する」と言う。

 ここまで来ると、常識を疑うという表現を使わざるを得ない。安倍総理は「保守派」の政治家だったと記憶している。「保守派」とは、安全保障を重視するのではなかったのだろうか。
 別に、保守派の定義といった神学論をしたいわけではない。ちなみに、筆者は自ら保守派と名乗ったことはないが、それにしても「安全保障を軽視する」安倍総理の寄稿には、強く反発させて頂く。

 安倍総理の寄稿は、要するに「規制緩和やグローバル化(=国境を越えた規制緩和)により、日本の構造改革を成功させる」という話なのだが、この手の「改革」が厄介なのは、際限がないことである。
 例えば、エネルギー分野の「規制緩和」とは、果たしてどの時点に行き着けば、完成という話になるのだろうか。
 電力の小売り部門の自由化や、発送電分離、電力卸売市場の設立など、いわゆる「電力自由化」を実現した(ちなみに、筆者は電力自由化に猛烈に反対している論者の一人だ)として、まだまだ「規制緩和」しなければならない部分はある。
 すなわち、国境という規制だ。

 国境という規制を「緩和」し、外国資本の国内電力サービスへの参入を「完全自由化」する。結果的に、日本の産業や生活、さらには安全保障の「基盤」たる電力サービスの多くが外資の傘下となり、初めて「規制緩和のゴールを達成した」という話になるのだろうか。
 まるで植民地支配を受けている国のごとく、我が国が電力サービスを主体的にコントロールできない状況になって初めて、構造改革主義者たちは満足するのだろうか。

 当たり前だが、自由化が大好きなアメリカですら、電力に代表される「国家の基盤」たるインフラストラクチャーについては、外資系の資本参加を無制限には認めていない。理由は、安全保障上の問題が生じてしまうためだ。
 かつて、UAE(アラブ首長国連邦)の国営企業であるドバイ・ワールドの子会社『ドバイ・ポーツ・ワールド(DPW)』が、'05年にニューヨーク港、ニューアーク港、フィラデルフィア港、ボルチモア港などにおいてコンテナターミナルを運営していたP&Oを買収しようとした際には、米下院で猛烈な反発が沸き起こった。
 下院議員たちは、アメリカの「インフラ防衛」を優先すべしと主張し、投資の自由を主張するブッシュ大統領(当時)と対決。最終的に、DPWはアメリカ撤退に追い込まれてしまった。

 規制(※「国境という規制」を含む)とは、国民の安全保障や生活の安定、福祉の充実などを目的に定められた「法律」なのである。
 規制が守っているものは、構造改革主義者の言う「既得権益者」ではなく、その国の国民や産業、環境なのだ。

 一例を挙げると、安倍政権が「岩盤規制」として批判している「労働規制」が守っているのは、日本国民の労働者である。
 企業などで働き、所得を得ることは、国民が健全な生活を送るための基本と言える。「国民が生きるための基本」を法律で保護することは、国民主権国家の政府としては、当たり前の役割の一つだ。
 むろん、あまりにも労働規制が強固になり過ぎると、企業活動の妨げになり、スタグフレーション(不況であるにもかかわらず、物価が上がり続ける状態)を引き起こすケースもある。
 また、労働規制を緩和し、企業の人件費削減を容易化すると、確かに短期的な利益は増える。企業の利益と、国民の「安定的な生活」は、ときにトレードオフ(一方を追求すれば他方を犠牲にせざるを得ない状況)の関係になってしまう。
 だからこそ、全体のバランスを考慮し、企業利益と国民生活の安定の両立を実現する政策を実施することもまた、政府の役割の一つになるのである。

 労働規制に限らず、現在の安倍政権の「第三の矢」はあまりにも拙速で、企業利益追求にバランスが傾きすぎているように見える。
 日本経済に「つきまとっている悪鬼」とは、規制ではなく「デフレ」であり、国民の「貧困化」だ。そして、第三の矢と呼ばれる「成長戦略(=規制緩和)」はデフレを促進する。これは、彼の竹中平蔵氏や、岩田規久男日銀副総裁すら認めた事実である。
 果たして、本当の意味での「日本経済の悪魔」とは何なのか。読者も是非、ご自身の頭で考えて頂きたいのである。

三橋貴明(経済評論家・作家)
1969年、熊本県生まれ。外資系企業を経て、中小企業診断士として独立。現在、気鋭の経済評論家として、わかりやすい経済評論が人気を集めている。

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