マスコミなどで流れるTPPの分野は、なぜか「農業」に集中しており、
「TPPは農業、特にコメの関税問題だ。安倍首相とオバマ大統領との対談で、聖域なき関税撤廃が前提でないことが確認された。コメの関税は守れる。TPP参加だ。反対する議員は、農業の既得権益の犬で、票目当てで反対しているだけだ」
というミスリードが繰り返されている。とはいえ、日米首脳会談の共同文書は「日本が環太平洋パートナーシップ(TPP)交渉に参加する場合には、全ての物品が交渉の対象とされる」という文言で始まっているのだ。しかも、そもそもTPPは農業の関税問題などではない。
内閣府の説明資料「TPP協定交渉の現状 2013年2月」では、TPPの基本的考え方として、
「〈1〉高い水準の自由化が目標:アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)に向けた道筋の中で実際に交渉が開始されており、アジア太平洋地域における高い水準の自由化が目標。
〈2〉非関税分野や新しい分野を含む包括的な協定:FTAの基本的な構成要素である物品市場アクセス(物品の関税の撤廃・削減)やサービス貿易のみではなく、非関税分野(投資、競争、知的財産、政府調達等)のルール作りのほか、新しい分野(環境、労働、「分野横断的事項」等)を含む包括的協定として交渉されている」
と書かれている。
特に、2に注目して欲しい。日本国民の大多数はTPPについて「農業の関税問題」あるいは、せいぜいが「製品輸出入の関税問題」として認識しているであろう。
まずはTPPに「サービス貿易」が含まれていることを理解してほしい。サービスとは、越境サービス(国境を超えることが可能なサービス)のことである。国境を超えるサービスとは、具体的には、実務、通信、建設・エンジニアリング、流通、教育、環境、金融、健康・社会事業、観光、娯楽、運送、その他に分類されている(GATS=General Agreement on Trade in Serviceより)。
いかがだろうか。
「え! 自分が働いている業界も含まれているのか!?」
と、思われた読者が多いのではないだろうか。
「全ての物品」の輸出入に加え、上記のサービス貿易まで「自由化」「規制緩和」「ルール統一」となると、公務員を除くほとんどの日本の企業や労働者が「外国(TPP加盟諸国)」の企業と統一ルールの下で市場競争を強いられることになる。
当然、敗北する日本企業が多数でてくることで、日本の失業率は高まっていくだろう。それを見た竹中平蔵氏に代表されるTPP推進派は、
「それは負けた人の自己責任」
の一言で切り捨てるわけだ。
TPP加盟国(特にアメリカ)との容赦なき市場競争により、日本国内の失業者が増えると、彼らは消費を減らし始める。消費とは、日本国内の需要の一部(最大の需要項目)であるため、わが国でデフレ深刻化をもたらしている「需要縮小」に拍車をかけることになる。すなわち、デフレが深刻化する。
デフレが深刻化するとは、日本円の通貨価値が高まっていくという話だ。日本円の価値が高まると、当然の話として円高になる。TPPによるデフレ深刻化で円高に舞い戻ってしまうと、「TPPで利益を得る」といわれていた製造業の輸出にもダメージがいく。
さらに問題なのは、内閣府の資料にもある通り、非関税分野(投資、競争、知的財産、政府調達等)についても「統一ルール化」の対象になることだ。
投資、競争政策(独占禁止法の強化など)、知的財産権、政府調達(公共事業など)といった、製品、サービスの輸出入以外も「法律」を統一しようというのがTPPなのである。
自民党の外交・経済連携調査会は、2月27日に「TPP交渉参加に関する決議」を行った。
同決議においては、TPP交渉参加の判断基準について、(1)農林水産品における関税を守ること(2)自動車等の安全基準、環境基準を守り、数値目標は受け入れないこと(3)国民皆保険、公的薬価制度を守ること(4)食の安全安心の基準を守ること(5)ISD条項は合意しないこと(6)政府調達・金融サービス業は日本の特性を踏まえること、という6つが明記された。
さらに、「医薬品の特許権、著作権等」「弁護士などの事務所開設規制、資格相互承認等」「漁業補助金等」「メディア」「公営企業等と民間企業との競争条件」についても「日本の特性を守るべき」であることが指摘された。
特に、「メディア」は面白い。
自民党は「放送事業における外資規制、新聞・雑誌・書籍の再販制度や宅配については我が国の特性を踏まえること」と、日本のテレビや新聞が「外資」の餌食にならないように注意喚起をしているのである。
逆に言えば、TPPを推進すると「マスコミ業界」が悪影響を受ける可能性があるという話だ。
ところが、その肝心のマスコミが、TPPの分野について知らず、呑気に「TPP推進」などとやっているわけだから、まさに自分で自分の首を絞めているとしか表現のしようがない。
三橋貴明(経済評論家・作家)
1969年、熊本県生まれ。外資系企業を経て、中小企業診断士として独立。現在、気鋭の経済評論家として、わかりやすい経済評論が人気を集めている。