当初、サーベラスは上場に際し15.5%の株式を売り出す計画だった。それを反故にしたのは、機関投資家の人気が集まらないことから上場時の売り出し価格(公開価格)の前提となる仮条件が1株1600円〜1800円と期待はずれだったことに尽きる。
「当の西武HDにしても公開価格を2300円と想定していた。これを大きく下回ったことで、当初は500億円からの売却益をもくろんでいたサーベラスは『話が違う』とガッカリし、土壇場になって保有株放出を見送ったのです。農林中金、日本政策投資銀行など他の大株主は放出に同意しましたが、筆頭株主が応じないのは異例中の異例です」(大手証券幹部)
追い打ちをかけるように4月14日には、市場環境が悪化してきたことを理由に公開価格が仮条件の下限である1株1600円に決定した。サーベラスとすれば安い価格での売り出し見送りは大正解だが、といって既に1300億円余の大枚を投入して“出口戦略”を模索してきた手前、再上場による益出しの恩恵に浴せないのは大誤算である。
同じことが西武HDにもいえる。再上場を機に目障りな存在だったサーベラスが保有株を放出すれば、厄介払いができるはずだった。たとえ当初は保有株の15.5%売却であろうと、段階的に売却してくれればサーベラスの影響力は低下し、後藤高志社長をはじめ西武経営陣は高枕を決め込める。
ところが再上場を遂げたにもかかわらず、青い目ファンドは居座るのだ。しかも西武は再上場に際し新株を発行しないため、サーベラスは依然として重要事項に拒否権を行使できる断トツの株主としてにらみを利かせる。
西武HDの関係者はサーベラスが繰り出す次の手に注目する。上場に際しての目論見書によると、サーベラスは西武経営陣の事業計画を支持し、新たに株式を買い増す考えはないという。即ち、昨年春に牙を剥いた敵対的TOB(株式公開買い付け)の封印宣言である。
その一方で、主幹事証券の同意がなければ今年の10月19日までは株式を売却しない旨の契約を結んでいる。西武関係者は不安を隠さない。
「10月20日以降は株価を見ながら売却していくと受け取れますが、大量の株を市場で売却できるわけがなく、第三者に市場外で売却するに決まっている。その氏素性によっては新たな乗っ取り騒動に発展しないとも限りません。逆にいうと、10月19日までは株を買い増さない代わり、モノ言う株主として存在感を見せ付けるということ。どの道、経営陣は蛇ににらまれた蛙の心境でしょう」
2年前の10月、西武は東証に上場を申請した。そのとき、証券会社が算出した公開価格は今回よりも安い1200円〜1500円だった。サーベラスは「安すぎる!」と猛反発し、上場計画が立ち消えになったばかりか、経営権奪取を狙って敵対的TOBに打って出た。これに応じた株主は少数だったが、結果的にサーベラスは35.5%まで保有比率を高めた経緯がある。西武経営陣にとっては忌まわしい記憶である。
「今回の再上場では握手したものの、両社の関係は依然ギクシャクしており、西武の株価を高めるためなら無理難題を平気で押し付ける。去年突きつけた西武多摩川線や秩父線の廃止、西武ライオンズ球団の売却などで再び西武経営陣を揺さぶるでしょうし、プリンスホテルだってHDから切り離して上場させるか、あるいは外資に切り売りする荒業を駆使しないとも限らない。青い目ファンドの真骨頂は“金儲けのためには手段を問わない”ことですから」(市場関係者)
とりわけ西武ウオッチャーが警戒心をあらわにするのは、前述したように10月20日以降は株式の大量売却が可能なことだ。奇しくもプロ野球のペナントレースが終了する時期でもある。
「ライオンズはいまひとつ調子が良くないが、もし昨シーズン同様Aクラス入りとなれば、それだけでプレミアムがつく。球団経営に興味がある会社は飛びつくでしょう。それどころかホテルを傘下に持つHDごと中国などの外国企業への売却を画策しないとも限りません。東京オリンピックを控えてホテル需要は増すでしょうし、そこへライオンズの活躍がプラスされれば商談には格好の追い風となります」(同・関係者)
株式の3分の1超の“拒否権カード”を握られた西武には有効な手立てが見当たらない。厄介払いに失敗したツケは相当に大きい。