堤元会長は個人資産から西武HD株を売却して現金7億円を支払う他、'05年のグループ再編に伴い設立した持ち株会社NWコーポレーション(西武HDに約15%出資)への出資分36%(214億円相当)のすべてを代物弁済する。結果、かつて「西武王国」に君臨した堤氏は総額221億円に相当する保有株をすべて放出し、西武HDから永別する。
耳目を疑うのは、双方が対外的に発表したコメントである。堤氏は西武HDを通じて「従前より会社に生じた負担は、他の役員ではなく私が負うべきものと考えていた。解決に至り、感謝している」と発表。これに応えて西武HDの後藤高志社長は「当時の最高責任者として潔く責任を全うする姿勢は真摯に受け止めたい」と“エール”を贈った。
いかにも美談仕立てのストーリーだが、西武ウオッチャーは辛辣だ。
「堤さんは敵が多い。だから後藤社長の胸の内は『世間は彼をかわいそうと思わない。むしろ目障りな男をついに厄介払いできる』と高揚しているはずです。その堤さんは、一時は世界一の大富豪と米経済誌に紹介されたぐらいだから、西武株を巻き上げられたぐらいで泣き言を言えるわけがない。彼の性格からして『これで晩節を汚さずに済む』とヨイショされれば、現実は永久追放であっても、内心グラッときますよ」
確かに堤氏は、1987年〜'90年、及び'93〜'94年の計6年間にわたって米経済誌『フォーブス』に世界一の大富豪と紹介された経歴を持つ。資産額は推定3兆円超だったが、「外部からはうかがい知れない部分があり、実際の資産額はその何倍もあった」(情報筋)ようだ。従って西武株放出=影響力ゼロは、当人にとって手足をもぎ取られるようなものだが、金銭的なダメージは限定的。そこがドン追放を画策してきた後藤社長の着眼点だったのは間違いない。
世間の関心は西武王国の新たな“ドン”に躍り出た後藤社長が繰り出す「次の手」に移っている。奇しくも堤氏の厄介払いを発表した2月10日、HD傘下の西武鉄道が西武新宿線南大塚駅から安比奈まで延びる貨物専用の安比奈線(3.2キロメートル)の廃止を発表した。安比奈線は入間川の河川敷から採取した砂利の輸送線として1925年に開通したものの、砂利の需要減や採取規制の強化から前回の東京五輪開催前年('63年)以来「休止」の状態だった。
昭和の名残をとどめ、鉄道ファンの根強い人気を集めたこの安比奈線、実をいうと米投資ファンドのサーベラスが採算性の悪い5路線の廃止を求め、揺さぶりをかけた際には対象外だった。要は後藤体制が確立したタイミングに併せて創業家のイメージが色濃く残る貨物線を廃止し、線路自体も撤去するシナリオだ。
西武ウオッチャーが、「その延長に位置付けられるのではないか」と危惧するのがプロ野球、埼玉西武ライオンズである。同球団は堤元会長の肝いりで設立された。みずほ銀行から後戻りが許されない片道キップで送り込まれた後藤社長の目に、堤カラーに染まったライオンズ球団がどう映るかは明らかだ。
「球団経営が厳しいことから何度も身売り説が飛び交った。そのたびに後藤さんは『ファンの期待に応える』と言ってきましたが、堤さんを放逐して名実ともにトップに君臨すればどうなるか。根が計算高い銀行マンですからね。これで今シーズン最下位争いを演じるようなら、もう遠慮はしないでしょう」(経済記者)
そんな後藤社長には今も悩ましい問題がある。筆頭株主としてにらみを利かせるサーベラスの存在だ。
「投資ファンドである以上、株価が急騰すれば売却を加速する。しかし、現実には目障りな株主として居座り続けている。下手すると堤さんからせしめた株の扱いをめぐって無理難題を押し付けないとも限らない。この夏に完成する『東京ガーデンテラス紀尾井町』(旧赤坂プリンスホテル)の建設に口出し介入したぐらいです。堤さん以上に難敵でしょう」(前出・ウオッチャー)
前門(堤元会長)は強行突破した。しかし後門は一筋縄では行きそうもない。西武王国の新たなドンの実力が一気に問われる。