今回紹介する『クレイジークライマー』は、まさに前述のような状況下で発売された作品だが、稼働を始めるや否やプレイヤーの心をいきなり鷲づかみにした。その理由は数多く存在するが、特に同時代のゲームと比べて一足先に画面のスクロールを取り入れたことが大きい。同時代に大ヒットした『パックマン』や『ドンキーコング』は1ステージが1画面に収まる固定画面方式を採用していたのに対し、本作は高層ビルという舞台を縦にスクロールすることで表現している。そのため、初めからステージの全てが見えている固定画面式のゲームと比較して、まだ見えないステージの先を見てみたいという気持ちを強く起こさせる。このドキドキ感こそが、本作の面白さの大きな要因となっている。
実際筆者も先へ進みたいがために、小遣いを散らしたくちなのだが、最初のステージをクリアするのに相当に難儀した記憶がある。後にプレイしてみるとかなり簡単なゲームだと思えるのだが、当時はまだ子供でありそれまでのゲームと比べると難しい操作を必要とした本作に慣れるには、それなりの試行回数が必要であったのだろう。話を元に戻そう。スクロール方式の利点としては1画面にこだわる必要がないためキャラを大きく描写できるという点もある。当時の小さなブラウン管モニターでも本作のキャラたちは大きく生き生きとしており、背景の鮮やかな水色とも相まって、非常に際立った存在であった。
本作の操作系は独特で、1レバーに1or2ボタンが普通であった時代にツインレバーという特有なものを採用している。この2本のレバーを左右の手に見立てて高層ビルを登っていくのである。このゲーム性は非常に斬新で、従来の敵を撃つ、ドットを消すといったゲームとは一線を画していた。また、ツインレバーによる操作がゲーム性と上手くマッチしており、慣れてくれば実にスムーズに主人公の両手を動かせるようになるのだ。しかし、その主人公の邪魔をするべく立ちはだかるのがビルの住人たちで、彼らは窓を閉める、植木鉢などを落とすといった行為で主人公の邪魔をしてくるのだ。さらに巨大な看板や鉄アレイなども上空から落下してくる。まさに主人公は命がけでビルを登っているのだ。
本作はまた、いち早く音楽に注目したゲームでもある。前述の住人以外にも本作には様々なキャラが登場するのだが、糞を落として攻撃してくるコンドル登場時には、伊東四朗と小松政夫らによる人気番組「みごろ!たべごろ!笑いごろ!」で人気だった「しらけ鳥音頭」が流れる。また、その巨体で主人公にパンチ攻撃をしてくるキングコング登場時は「ピンクパンサーのテーマ」が、上へと運んでくれるラッキーアドバルーンに掴まると「ドラえもんの歌」が流れるのだ。これらの演出は特に子供たちには大ウケで、本作の人気の一因にもなっている。さらに「ガンバレ」「イテッ」といった合成音声も採用されており、まさに耳でも楽しませる作品になっているのだ。
このように一世を風靡したゲームながら本作はいまいちマイナーな存在である。その原因は発売元である日本物産が後に路線を変更し、18禁の麻雀ゲームばかりを発売するようになったこともあるが、最も大きな原因は本作の操作系が後の家庭用ゲーム機に合っていなかったことなのだろう。そのため1986年2月に発売されたファミコン版では、2つのコントローラの十字ボタンを使用するという苦しい移植がなされている。このあたりはナムコの名作『リブルラブル』も同様で、ツインレバーは家庭用ゲーム機と相性が悪い(プレステのデュアルショック発売以降は改善された)のである。
余談だが本作にはとんでもない裏技が存在している。それは、ハイスコア獲得時のネームエントリーで特定の文字を打ち込むとクレジットが2も増加してしまうというもので、この存在が広まっていたら本作は早々に市場から姿を消してしまい、幻のゲームとなっていただろう。もしも、そんな事態になっていたならば、奇跡ともいえる先進性を持った本作が人々に知られることもなく、業界の発展にも悪影響を与えていたであろう。
(須藤浩章=隔週月曜日に連載)
DATA
発売日…1980年
メーカー…日本物産
ハード…アーケード
ジャンル…アクション