現時点で、巨大与党となった自民党の中で、TPP反対派(「慎重派」ではなく明確な「反対派」)は全議員の6割を超える。自民党の「TPP参加の即時撤回を求める会」に参加した国会議員は、本稿執筆時点で233人を数えるのだ。
自民党の議員数は衆参合わせて378人。元閣僚級の政治家など立場を明らかにしていない議員の中にも、TPP反対派が少なくないのだが、明確な「交渉参加すら反対派」である「TPP参加の即時撤回を求める会」だけで6割を超えているのが現実だ。
それに対し、TPP交渉参加賛成派の有志が集まる「環太平洋経済連携に関する勉強会」は、わずかに35人。明確なTPP推進派35人対明確なTPP反対派233人。ここまで勢力図が違うと、TPP推進派最右翼である経済産業省はマスコミにミスリードさせ、国民の間に「TPP参加」を既成事実化していくしかない。
無論、与党や国民の大多数が反対であっても、日本国家のためにやらなければならない政策というものはあるだろう。
とはいえ、いまだにまともな「メリット」一つ示せないTPPが、国民の民意で選ばれた議員たちの多くが反対する中、強行しなければならないような案件なのだろうか。筆者は、TPPに反対する理由を100くらい楽に上げられる。それに対し、メリットは何なのか?
メリットとしてよく聞くのが、「アジアの成長を取り込む!」である。
TPP参加国及び参加予定国の中のアジアの国々とは、全て日本はEPAを結んでいる。別にTPPに入らなくても、タイ、シンガポール、マレーシア、ブルネイ、ベトナムの「成長」は取り込めるのだ。その5か国以外に、TPPにアジアがあるのか?
カナダやメキシコを加えても、日米両国のGDPは全体の8割近くに達している。日本にとって、TPPとはアメリカだ。逆に、アメリカにとってTPPとは日本なのである。
何しろ、アメリカのオバマ大統領は一般教書演説でTPPについて、
「輸出を促進し、米国の雇用を増やし、アジアという成長市場に参入しやすくする」
とメリットを説明したのだ。日本にとってのTPP参加のメリットについては、いまだに説得力がある話を聞いたことがないが、アメリカの方は明々白々だ。すなわち、アメリカの雇用改善である。
当たり前の話だが、アメリカが製品なりサービスの輸出で自国の雇用を改善した時、必ず「反対側」の国で雇用が失われている。アメリカが自国や他国の需要に充てる製品やサービスを生産するということは、その分だけ「他国で生産されない」という話になるためだ。
すなわち、アメリカ大統領が「米国の雇用を増やす」と語ったということは、同国がTPPで「他国の雇用を奪う」と宣言をしたのも同然なのだ。
また、TPP推進派は、
「TPPでアメリカが関税を引き下げてくれれば、輸出が増える!」
などと主張する。だが、乗用車2.5%、家電5%の関税を引き下げられたところで、TPPでデフレが深刻化し、円高が5%進めば相殺されてしまう。逆に言えば、野田前総理の解散宣言以降の円安で、すでにTPP以上の輸出促進効果が出ているのだ。
そもそも、日本の乗用車メーカーの多くはアメリカで現地生産をしている。ホンダに至っては、アメリカ市場で販売する乗用車の9割が現地生産(アメリカ生産)なのだ。
TPPに入ろうが入るまいが、アメリカにおける販売は増えも減りもしないだろう。
あるいは、推進派の中には、「日本の農業はTPPで世界に羽ばたける!」と無茶なことを言う。何が無茶なのかといえば、耕地面積と生産性の問題だ。
日本の農家の一戸当たり耕地面積は、アメリカの100分の1、豪州の1900分の1なのである。まさしく「工場」の如く農産物を生産する米豪と、日本の農家が真っ向勝負しても、生産性が違い過ぎ、勝負にならない。
ちなみに、TPPの作業項目の中には「政府調達」という分野がある。この中には、公共投資に加え、当然ながら「防衛産業」も入ってくる。
防衛産業でアメリカの企業とまともに競争し、我が国の防衛企業が衰退すると、安全保障に多大な悪影響を与えることになる。
しかも、こちらはいまだに「武器輸出三原則」が有効で、「日本の防衛産業は世界に羽ばたける!」などということは起りえないのだ。
一方的にアメリカの武器やサービス(兵器の整備など)を「盾」なしで買わされることになり、日本の防衛産業は文字通り「壊滅的」打撃を受けることになる。
世界を相手に商売するアメリカの防衛企業と「同じルール」で戦った場合、日本サイドに勝ち目はない。結果的に、我が国の安全保障は弱体化する。
上記の通り、日本がTPPに参加した場合の「デメリット」は、いくらでもあるのだ。
それに対し、TPP参加のメリット、説得力のある話は一つも聞こえてこない。代わりに、TPP推進派はデメリットを「回避」する方法を懸命に語る。
デメリットがどうであろうとも、そもそも「メリット」がなければ、参加する必要などないのだ。
当たり前ではないだろうか。
三橋貴明(経済評論家・作家)
1969年、熊本県生まれ。外資系企業を経て、中小企業診断士として独立。現在、気鋭の経済評論家として、わかりやすい経済評論が人気を集めている。