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野球バカコラム・息の長い、球史に残る大エースの出現に期待する千葉ロッテ

 巨人ファンの筆者であるが、今年もセ・リーグに負けないくらい、パ・リーグに非常に注目している。

 先日、鎌ヶ谷の寮に入った注目の大ルーキー・斎藤祐樹の所属する日本ハム。その斎藤の早稲田大時代のチームメイトで、ドラフトで6球団から競合指名された大石達也の所属する西武。そして星野仙一が監督に就任して、松井稼頭央と岩村明憲のメジャー帰りコンビの所属する楽天など、注目すべき球団は沢山あるが、その中であえて筆者が注目してるパの球団が、昨年ペナントレース3位から見事に日本一まで登りつめたロッテである。

 もちろん今シーズンの成績も気になるが、それ以上に最近筆者がロッテのことで、長い目で見て気になることがある。ロッテには20年くらいの息の長い活躍をした生え抜きのエースピッチャーがほとんど居ないということに気づいてしまったのである。

 唯一の例外として、23年間現役を続けて通産215勝したマサカリ投法の村田兆治が居るが、82年に投手生命に関わるヒジの故障をしている。しかし後に桑田真澄「巨人」の手術も行うことになるフランク・ジョーブ博士から手術を受けて復活し、最終的に200勝を超えるロッテ球史に残る大エースとなるが、要するにロッテには他にも各時代ごとに村田の後に続く、球史に残る大エースとなれたかもしれないのに、やはり投手生命に関わる大ケガをして大エースになり損ねた生え抜き投手があまりにも多すぎるのである。

 一時期ロッテの選手の弁当を販売すると、その選手がケガをするという“弁当の呪い”が話題になったことがあるが、それと同じようにロッテには昔から“エースの呪い”というのが存在するのかもしれない。

 古くは村田とほぼ同時代に木樽正明という投手が居て、70年代前半のロッテを引っ張るエースだったが、74年のオープン戦で相手打者の打球が顔面に当たる不運な事故があり、それで調子を崩した後に、さらに腰痛にも苦しんだ結果、30歳にもならないうちに引退してしまう。

 80年代後半には小川博という、相手打者から次々と三振を奪う投手が活躍したが、肩を痛め、やはり20代のうちに登板出来なくなってしまう。後にあろうことか強盗殺人事件を起こし、無期懲役刑で現在服役中となってしまっている。

 90年代前半には、記憶に新しい名前だと思うが、伊良部秀輝が活躍し、清原和博「西武」との対戦では球速158km/hをマーク。後に大リーグ、ニューヨーク・ヤンキースでそれなりに活躍し、帰国後は阪神18年ぶりの優勝にも貢献するが、引退後の07年に暴力事件、10年にアメリカで飲酒運転と、二度も逮捕されている事実がイメージを悪くしてしまっている。

 そして何といっても忘れてはならないのがジョニーこと黒木知宏である。90年代の大低迷したロッテ暗黒時代をただ一人投げぬいたエースで、98年の伝説の18連敗の最中。16連敗で迎えた試合でジョニーが投げて、2点リードで9回2アウトまで来ながら、そこから同点ホームランを打たれて号泣したジョニーの姿をロッテファンは決して忘れていないと思われる。そんなジョニーも01年に右肩を壊し、以後調子を戻すことなく若くして引退してしまう。

 こうして振り返ってみると、なんと不運なケガによって球史に残る大エースになり損ねたロッテの投手の多いことか…小川や伊良部みたいに、後に事件を起こしてしまった投手も居るのは特に残念に思う。

 現在のマリーンズも、押しも押されぬ、チームを代表するエースに成長した成瀬善久、平成生まれ投手の初記録保持者にいくつもなってる唐川侑己など。球史に残る大エースになれる期待を抱いてしまう投手が何人か在籍しているが、彼らは大怪我などの、選手生命に関わるようなアクシデントに襲われることなく立派な成績を残す息の長いエースピッチャーとなって欲しいものである。

文中・敬称略

(野球狂のアキバ系 伊藤博樹 山口敏太郎事務所)

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