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【不朽の名作】夏目雅子の演技が光る「時代屋の女房」、でも2役って意味あったのか

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 『時代屋の女房』(1983年公開)は、東京・品川区大井の骨董品屋を舞台とした村松友視著の同名小説が原作となっている。時々とある役者の演技がストーリーより強烈に残る作品というのがあるが、同作もそのパターンにあてはまる。ヒロインの真弓を演じる夏目雅子のための映画のようなのだ。

 作品のジャンル的には喜劇となっているこの作品だが、序盤に渡瀬恒彦演じる安さんの骨董品屋に真弓が猫のあぶさんと転がり込む所から、ファンタジー作品のような印象を受ける。真弓が正体不明な女性であるということも影響しているが、夏目の存在感そのものが、異世界からやってきたようなのだ。もう女神か天使か妖怪かというほどに。開始数分で脈絡もなく登場し、いきなりベッドインという唐突さも、神話で女神と出会った英雄が神聖性を授けられる時によくやる展開だ。もっとも、安さんは普通の古物商のおじさんだけど。骨董品店が真弓のおかげで繁盛しているご利益はあるようだが。

 ビクター犬ことニッパーの置物や蓄音機など、骨董品屋の小道具なども、真弓のミステリアスさを際立てる。いかにもな下町人情にあふれる古今東西の異物の中に、さらに異質な真弓が立っているのだ。冒頭に唐突に現れて「なみだ壺ってどうやってつかうのかしら」のシーンが印象的だ。ちなみに、このなみだ壷、同作用に考案されたもので、戦地や遠方に行った夫を思って妻が涙をためるペルシャもしくはトルコで使われていた壷という設定になっている。全く架空なものだと思っていたが、最近放映された『海難1890』で、オスマン帝国のエルトゥールル号の船員が妻の涙をビンにおさめて航海に向かっていたので、完全に創作という訳でもないようだ。

 この作品、真弓と他の街の住人のギャップが楽しい。ちゃんと下町の素朴さの中で地に足のついている生活を送る住民ばかりなのに、色恋となると、とたんにダメダメになってしまう、どうしょうもなさが笑いを誘う。その中で唯一人間的な色恋の問題を超越してそうな真弓がいることで、その対比でより個々のキャラが際立つ。感覚的に男はつらいよシリーズの下町にマドンナ役のキャラが居付いた感じだ。同作が、男はつらいよシリーズに関わりのある森崎東監督のものであることも影響しているだろう。下町の人々それぞれが、活き活きしている。暗い過去も持っているキャラもいるのに、そのことを過度に感じさせないので、いい意味で、全体的にゆるい空気に仕上がっている。

 ちなみに夏目はこの作品で2役を演じている、真弓が理由も告げずに時代屋からいなくなると出てくる、カーリーヘアーで東北出身の美郷がそれなのだが、始めは真弓の変装なのではと勘違いするほどだ。話が進むと別人だということがわかるのだが、この2役の意味がいまいちわからない。性格が本質的に同じ人物だと伝えたかったのだろうか。はたまた真弓を超越者という位置づけにして、別の姿でイタズラを働いていたと思わせるように誘導したかったのだろうか。その線は、安さんが、真弓の情報を聞きつけ東北に向かった際に、美郷の婚約相手であるという鈴木健一(平田満)が登場するので薄いだろう。もしかすると、出演時間的な契約の都合でそうなったのか、狙いはよくわからない。一応、安さんと鈴木の勘違い会話で、笑いを際立たせるために役立っているような気はするが、それでも、必要性をちっとも感じない。

 後半は、若者とだけ役名では表記されている、沖田浩之の演じるキャラが重要になってくる。最初、この若い男と一緒に消えたということで、真弓が安さんを捨てたというミスリードを誘うのだが、そのことが違うことが後々明らかとなっていく。とある理由で死のうと思っていた若者を助けるために真弓は動いたのだ。この辺の動機もどこか浮き世離れしており、さらに真弓という人物の神秘性を煽る仕掛けとなっている。普通ここまでぶっ飛んだことをされれば、さすがに別れそうなものだが、安さんもしっかり待っているあたり、結構男女の色恋を超越した人物なのかもしれない。自分のためか、猫のあぶさんのために帰ってくるのかわからない女をよく待つものだ。真弓に悪意があれば、破滅人生一直線だぞこれ。

 そういった、人間の色恋を超越した部分で愛を与える真弓というキャラに、夏目が文句のつけ所もないほどに合っている。キャストが変わった『時代屋の女房2』(1985年公開)は同作と比べるとそのミステリアスが完全になくなってしまっている所をみると、この作品はやはり夏目ありきの作品だったのだろう。もしかすると、夏目が若くして急性骨髄性白血病で亡くならなければ、この作品は「男はつらいよ」シリーズのように長期シリーズ化もあったかもしれない。コメディー要素も抑えつつ、真弓のひとりだけ神話の住人とも思える、突飛な行動にスポットを当てる方向に変化しながら。

(斎藤雅道=毎週土曜日に掲載)

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