同書のなかでは、これまで本誌が報じてきた、事件の主犯である角田美代子元被告(当時64=自殺)と裏社会とのつながりが、つまびらかにされている。
事件の舞台となった尼崎市に100日以上滞在し、徹底的に取材を重ねた著者の小野一光氏が、その実態を本誌に明かした(以下、本文中〈 〉内の部分は『家族喰い』からの抜粋)。
美代子元被告は周囲に対し、ことあるごとに自分と暴力団の大幹部とのつながりを吹聴してきた。それは、自らが“乗っ取り”を企てた相手家族に対しての、脅しの材料にもなっていた。
〈「美代子は四郎(仮名)の運転する車に乗って、大阪ミナミの組長の姐さんに会いにいったり、あと、我々には阪神・淡路大震災のときの炊き出しで、山口組の五代目(故・渡辺芳則組長)と顔見知りになったんやいうことを口にしていました。そうやって、自分がいかに力を持った人を知っとるかを常にひけらかしとったんです」〉
このコメントは、'98年3月から約2年間、美代子元被告らに軟禁されていた人物によるものである。もちろん実際には、美代子元被告が自慢したような“親密”な関係は存在しなかった。
文中に出てくる運転手の四郎は、美代子元被告が口にした「ミナミの組長の姐さん」を直に目にしていない。また、当然ながら山口組の五代目と顔見知りだということの“ウラ”を取った者もいない。
そうした“ハッタリ”が作り話であったことは、彼女を昔から知る人物による証言からも明らかである。このような大物との親しい関係を信じ込ませることによって、美代子元被告の背後に見え隠れする暴力団の存在を恐れた男たちが言いなりになる状況を作っていたにすぎないのだ。
美代子元被告は常に、自分を現実以上に大きく見せようとしていた。そのため、あらゆる手段を使って、暴力団とのつながりを誇示しようとしたのである。
彼女の自宅を訪れた人物によると、玄関の近くには、元ボクシング世界王者の渡辺二郎氏と美代子元被告が一緒に写った写真が、これみよがしに飾られていたという。撮影に至った経緯は不明だが、写真を飾る意図も、前述の理由によるものである。
もちろん、美代子元被告と裏社会の人間にまったくつながりがなかったわけではない。事実、彼女の母方の伯父などは、地元の暴力団関係者だった。
〈「あのオバハン(美代子)の伯父に寅雄(仮名)いうんがおるやろ、あれも××組の若い衆やったからな、いろいろ仕事を紹介してもろとったみたいやで」〉(美代子元被告の周辺関係者=抜粋部分以下同)
この伯父の紹介で、美代子元被告は10代の頃から売春の斡旋を行うようになり、19歳のときには16歳の少女に売春をさせたとして、売春防止法違反容疑で逮捕された過去を持つ。
また、彼女とは30年来の付き合いがある、地元のXという集団の中心人物Zは、やはりその周囲に暴力団の人脈を抱えている。その人脈を使い、美代子元被告はかつて自宅で共同生活をさせていた橋本次郎さん(当時53)を、地元の暴力団に預けていたこともある。
〈「橋本次郎はな、前に短期間やけど地元の××組に預けられたことがあったんやで。××組の相談役やら構成員がな、角田のオバハンと親しかったんや。ほんで、次郎をしばらく部屋住みで預こうてもらえんかいうてな、修行させたわけや。次郎は組長の犬を散歩させたり、兄貴分の煙草を買いにいったりしてた」〉
美代子元被告はXの関係者とともに、高齢者や社会的弱者にカネを貸したうえで生活保護受給の斡旋を行い、支払われた保護費から返済金や利子などを天引きするということもやっていた。そうした“裏ビジネス”を指南したのもまた、周囲に蠢く裏社会の人間たちだった。
〈「Xのまわりにはヤクザもようけ(たくさん)おるわけや。当然、生活保護とかに知恵のまわる者もいてるわけやろ。ヤミ金にしてもそうや。Xやらほかにもおる仲間やらと互いにカモを紹介してな、助け合うてるわけや」〉
もちろん、そこで要求するのは法外な利子であり、なかには理不尽な金額に反発する相手も出てくる。
〈「利息が高いとか文句をつける者がおったら、まわりにおる若い衆を使うてな、ボコボコにするんや」〉