財務省といえば、我が国のデフレを深刻化させ、国民を貧困化させた財政均衡主義の親玉である。
例年の公共事業予算は、自治体側が使い切らない場合「消滅」することになる。というわけで、以前は毎年3月に「駆け込み工事」が行われていたほどなのだ。
とはいえ、現在は土建産業の供給能力不足により、使いきれなかった予算は、そのまま「使われない」というケースが増えてきている。過去の財務省であれば、予算の節約(?)に対して喜びの声を上げ、話が終わっただろう。
ところが、今年は使い残した予算を、年度をまたいで使って構わないと「財務省」が自治体に異例の呼びかけを行っているのだ。予算の繰り越しには面倒な手続きが必要なのだが、財務省は手続きの簡略化まで検討している。
これは、何を意味するか。
要するに、消費税増税後の景気減速(及び税収減)に、財務省までもが危機感を抱いているという話なのである。
何しろ、第63回で取り上げたように、我が国の労働者の実質賃金はいまだに上昇していない。
前回('97年)の増税直前の'96年の実質賃金は、1.4%のプラスであった。それにもかかわらず、消費税増税で日本経済はデフレに突っ込み、'97年の実質賃金はマイナス0.2%、'98年はマイナス1.0%と、国民の貧困化が始まった。
そして、今回は増税前年の'13年の実質賃金上昇率がマイナス0.9%。実質賃金だけを見れば、'97年の増税時よりも状況が悪いのだ。
国内の需要が回復していない以上、政府が仕事を創出するしかない。4月に消費税が増税され、実質賃金が増えていない国民が消費、投資を減らし、再度、デフレ状態に逆戻りするとなると、さすがに財務省の権威は地に墜ちるだろう。
というわけで、ついに財務省までもがデフレへの逆戻りに怯え、
「地方自治体は年度末まで使い切れなかった予算を、4月以降に繰り越し、仕事(公共事業など)を創り、経済を下支えして欲しい」
と言い出したのだ。
だが、そもそも自治体側が公共事業の予算を使い切れていないのは、人手不足と工事費用の上昇で、事業を推進できないためである。すなわち、土建企業の供給能力不足だ。
国土交通省によると、'13年4月から年末にかけ、公共事業の入札不調の発生率が急上昇しているという。例えば、岩手県の同期間における入札不調率は、前年度の18%から40%に上昇したとのことである。自治体側が事業を執行しようとしても、何と4割が入札不調になってしまう有様なのだ。
ゆえに、公共事業を拡大し、景気の失速や再デフレ化を阻止するためにも、土木企業を中心とする人手不足問題を解決しなければならない。
ちなみに、最近の我が国は人手不足感が土建産業以外にも広がっている。例えば、運送業、内装工事、IT開発、電気工事業などにおいても人手不足が進み、当然ながら賃金が上昇している。先ほどの「実質賃金の低下」と矛盾するようだが、産業、職種によってばらつきが起きるのは当然の話である。
現在の東京では、電気工の日給がなんと3万5000円にまで上昇しているという。それでも、人手不足を解消できないという驚くべき状況に至っているのだ。
人手不足が問題と聞くと、いわゆる新古典派経済学に染まった構造改革主義者の方々は、すぐに「ならば外国人を入れればいい」と、まるで労働者を駒のごとく扱う解決策を提示してくる。
しかし、我が国の「国民経済」を考えた場合、国内の需要は「国内の労働者」により賄われなければならない。
働く国民一人一人に蓄積された仕事の経験、ノウハウこそが、国民経済のパワーの源泉だ。そして、経験やノウハウは(当たり前だが)働くことでしか身につかない。
ならば、どうすればいいのか。簡単だ。増加を続ける生活保護受給者に、労働市場に戻ってもらえばいいのである。
2月9日に厚生労働省が発表した資料によると、'13年11月時点の生活保護受給者は216万人を超え、過去最高を更新した。信じられないことに、アベノミクスにより物価が上昇に向かった'13年後半すら、生活保護受給者は「着実に」増え続けていたのだ。
生活保護受給者が増え続けているのは、もちろん雇用情勢が十分には改善していないためだ。
加えて、現在、雇用需要が増え続けている業界(土建産業など)と生活保護受給者の能力との間に、いわゆる「ミスマッチ」が発生しているためと考えられる。
先にも取り上げた日給3万5000円の電気工の職に生活保護受給者が就こうとしても、必要なのは電気工事士であり、素人ではない。電気工事士の資格を持っている生活保護受給者など、そうはいないだろう。
つまり政府が、雇用需要が拡大している産業へ、生活保護受給者を就職させるための資格取得支援等を提供するのである。しかも、生活保護受給者をトレーニングする費用を政府が全額負担したとしても、それ自体が「資格取得支援サービス」という需要創出になり、デフレ化を食い止める方向に向かう(無論、規模的には全く足りないが、少なくとも方向的には需要創出である)。
人手不足問題を解消する政策は、上記以外にも複数あるため、次週も取り上げるが、重要なのは、
「人手が足りない。ならば、外国人を入れればいい」
といった、学者が机上で思いついたような空論は、現実離れしている上に、我が国の国民経済にとって「よろしくない」ということを国が認識することだと思う。
三橋貴明(経済評論家・作家)
1969年、熊本県生まれ。外資系企業を経て、中小企業診断士として独立。現在、気鋭の経済評論家として、わかりやすい経済評論が人気を集めている。