デビットカード(以下、デビカ)は、代金後払いのクレジットカード(クレカ)と違い、自分の預金口座から残高の範囲内で即時決済されるのがウリだ。「借金嫌いの日本人にも受け入れやすい」と、次世代決済ツールとして国が推進し銀行などを中心に2000年、ジェイデビット(J-Debit)事業がスタートした。
金融機関のキャッシュカードで買い物ができるとPRされたこのジェイデビット、成功したとは言いがたい。クレカと違い、海外旅行先での利用やネットショッピングに対応していないのだ。
そこで登場したのが、クレカのように世界中どこでも、ネットでも使える、世界ブランドのデビカだ。国内ではまず03年、東京スター銀行(本店・東京都港区)が、世界ナンバー2ブランド「マスター」のデビカを発行。顧客がこのデビカで買い物をすれば、同銀行の口座から支払い分が引き落とされる。
もう一方の世界ブランド「VISA」も負けてはいない。地銀のスルガ銀行(静岡県沼津市)が06年1月、ネット専業のイーバンク銀行も同6月に、VISAデビカを発行した。都市銀のりそなも参入を検討している。
即時決済のデビカは、未成年者や低所得者のほか、かつて借金を踏み倒した経緯があってクレカの審査が通らない層にも発行されることから世界的に浸透。ジェイデビットが失敗した日本でも、スルガとイーバンクの2行だけですでに約200万枚のVISAデビカを発行した。
しかし、デビカ後進国の日本では、決済にクレカのインフラを使っているため、事業者にとって頭の痛い問題がある。ウリである即時決済に漏れが生じているというのだ。つまり、顧客にとっては、口座に残高がなくても買い物ができるという裏ワザである。
こうしたカラクリを悪用して、あるいは残高不足と気づかず商品を購入した顧客に対し、カード発行銀行は、クレカの支払い遅延と同じように督促をかける。しかし、多重債務者などクレカの審査が通らないような顧客が相手では、督促に応じるとは思えない。
そんな中、国内で唯一マスターデビカを発行していた東京スターが、08年12月31日をもって事業撤退。わずか6年間の事業展開にいきなり幕を下ろしたことについて同行は、「預金残高を超える金額が請求されることで発生した立て替え分が、回収に至らずに損失となってしまうケースが発生」したことを理由に挙げている。
都内などには、「クレジットカードを現金化」「ショッピング枠でキャッシング」といった業者の看板が目立つ。クレカのキャッシング(借金)枠を使い果たした顧客が現金を工面するために、キャッシングとは別枠のショッピング枠で高額商品を購入し、これら業者に持ち込むのだ。
業者の指定商品は、ブランド物の貴金属、電化製品、金券など。いずれも顧客が購入した価格より低く買い叩き、利ざやが業者の儲けになる。
クレカで購入した物だから、いずれ顧客はカード発行企業から購入金額を請求される。
それを、即時決済に「漏れ」があるデビカで使ったらどうなるか。信用度の低い顧客が、口座残高を超えて買い物をし業者に持ち込めば、カード発行会社にとって回収は著しく困難になる。カード加盟店、顧客、業者が結託すれば、一大詐欺事件に発展する恐れもある。
業者は質屋と同じ「古物商」の許可で営業。警視庁によると都内で古物商の許可を持つのは6万2449件(07年)だが、こうした「買い取り現金化」業者がどの程度いるのかは把握していないという。
即時決済に「漏れ」が生じる理由や頻度、生じやすい状況について、取りっぱぐれ被害を阻止したいカード発行側は固く口を閉ざす。今回の取材で、ある銀行の担当者から「犯罪を誘発する気ですか」と激しい口調で責め立てられた。
類似の犯罪は、クレカを媒介にすでに起こっている。国際線の機内販売で無効なクレカを使い、高級腕時計などをだまし取ったとして千葉県警成田空港署はこのほど、詐欺容疑で都内在住の無職男(31)を逮捕した。
航空機の客室内では電波を発する通信機器が使えず、航空各社はカードの信頼性を確認できないまま免税品を販売しているのが現状だ。このため偽造・無効カードによる被害が多発している。
多重債務者など「筋の良くない」顧客層にも容易に発行しているデビカ市場では、こうしたクレカ悪用と同様の詐欺が、容易に行われる恐れがあるのだ。