平成29年の納めの九州場所(福岡国際センター)は、横綱白鵬が14日目に早々と40回目の優勝を決めた。休場明けにもかかわらず、日馬富士による暴行事件をめぐる大波乱を尻目に、若手顔負けの力強い相撲で締めくくっただけに喜びもひとしおだった。
「(春場所を)休場したとき、後援会の方から、『30回優勝した人は3人いるが、40回は1人もいない』と言われ、体が熱くなった。達成してホッとしている」
こう会心の笑みを浮かべていたが、土俵外でこの白鵬以上に存在感を見せつけたのが、今回の暴行事件の明らかな被害者である、貴ノ岩の師匠の貴乃花親方だ。
しかし、一連の言動はまさに謎だらけで、理解するのは容易ではない。
秋巡業中だった10月25日の夜、鳥取市内のラウンジで日馬富士が貴ノ岩の頭部を滅多打ちして大怪我をさせた、とされるこの事件。巡業の総責任者なのに相撲協会にはいっさい報告せず、4日後には鳥取県警に被害届を提出。その後は固く口を閉ざし、本心を語ろうとしない。連日の報道陣の突撃取材も、見事なまでに無視し続けている。
聞きたいことはいっぱいある。どうして相撲協会の最初の事情聴取に、「知らない」と答えたのか。
「(退院した初日の3日前の時点で)状態は安定しており、相撲を取ることを含めて仕事に支障はない」
場所前、貴ノ岩が入院した福岡市内の病院の医師は、このように話しているのに、なぜ貴ノ岩を初日から休場させたのか。全休すれば、来場所の十両転落は避けられないのだが…。
さらに、3日目に日馬富士の師匠である伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)が、「ほかの弟子もいる。場所中なので、(被害届を)取り下げてくれないか」と頭を下げて頼んだときも、「取り下げるつもりはない」と、クビを横に振った。
「このままでは堂々巡りだから、第三者(弁護士)を立てなければいけないかもしれない」
と、貴乃花親方は「法廷闘争も辞さず」の姿勢をのぞかせている。
伊勢ケ浜親方は、去年3月の理事長選挙に際し、貴乃花親方を推した数少ない支援者の1人だ。それを、どうして恩を仇で返すようなことをするのか。貴乃花親方に近い関係者が語る。
「貴乃花親方が怒っているのは確かです。でも、それは可愛い弟子をボコボコにした日馬富士だけじゃない。もっと大きなものと対峙し、この際、『徹底的にやってやる』と腹をくくっているんです」
その怒りの矛先がどこに向けられているのか。ちらりと垣間見せたのが、九州場所11日目のことだった。
「危機管理委員会による貴ノ岩の事情聴取に応じて欲しい」
役員室に呼ばれた貴乃花親方は、協会のトップである八角理事長(元横綱北勝海)からの要請、というよりもお願いに対し、こう言って席を立った。
「お断りします」
この返事を聞いて、同席していた春日野広報部長(元関脇栃乃和歌)は「ビックリした」と話している。組織人間であれば、考えられないことだったからだ。
その後も貴乃花親方は、事件解決を急ぐ協会首脳の再三、再四の要請にもことごとく拒否を続けている。何がここまで貴乃花親方を頑なにしているのか。
「理由は二つある」
貴乃花一門の内情に詳しい元力士が証言する。
「一つ目は、現状に対する不満ですね。4横綱時代ですが、実質はモンゴル人横綱の1強時代。彼らにいいようにひっかき回されていることに強い不満を抱いていたところに、日馬富士が横綱らしからぬことをしでかしたので、これは許せないと尻をまくったんです」
貴乃花親方はかつて曙、武蔵丸、小錦ら、巨漢のハワイ勢に真っ向勝負を挑み、日本人力士の地を示したカリスマ横綱だ。横綱に対する思い入れも人一倍強く、それを汚されたと怒る気持ちは分からないではない。
「二つ目は、八角理事長体制に対する大きな不信です。貴乃花親方には、7年前の野球賭博事件の時、相撲協会の一方的な調査で兄弟子の大嶽親方(当時、元関脇貴闘力)を解雇された苦い思い出があります。もし貴ノ岩の事情聴取に応じたら、またあの時の二の舞になりかねない。八角理事長には、理事長選で敗れた恨みもありますから。だから、鳥取県警の捜査を最優先し、相撲協会の要請には、クビを横に振り続けているんですよ」(同)
言ってみれば、上司に真正面から逆らっている貴乃花親方。このままいけば、背信行為でペナルティーを受ける公算は大。しかし、貴乃花親方は周囲に、「自滅覚悟。たとえクビになっても自分の思いを貫く」と漏らしているという。
こうと決めたときの貴乃花親方の一途さ、頑固さは筋金入り。目指すは八角理事長のクビ。果たして、貴乃花親方の孤独な闘いに勝ち目はあるのか。
落としどころはまださっぱり見えない。