『手塚治虫のブッダ』は、手塚治虫の漫画『ブッダ』を原作とするアニメ映画で、仏教の開祖・シッダールタの生涯を描く。映画は三部作として構想され、第一部に相当する『赤い砂漠よ!美しく』では、シッダールタが王族の地位を捨て、僧としての道を歩むまでを扱う。そのために冒頭に登場するウサギの自己犠牲や、畜生道に落とされたバラモン・ナラダッタなどのエピソードが未解決のままで終わっている。
『ブッダ』の序盤ではスードラ(奴隷階級)のチャプラの物語が中心になる。これは映画でも踏襲しており、チャプラの物語とシッダールタの物語が並行して展開される。予告編などではコーサラ軍を率いるチャプラとシャカ軍を率いるシッダールタが戦場で激突するシーンが強調されているが、二人の接点は乏しい。シッダールタと無関係なところでチャプラの物語は幕を閉じる。
悟りを開くに至っておらず、出家しただけのシッダールタの物語に比べると、チャプラの物語は波乱万丈でドラマチックである。それ故に辛辣な評価をすれば、『赤い砂漠よ!美しく』はチャプラの物語が主体で、シッダールタの苦悩は添え物になる。それでもチャプラの物語をメインに描くことは、シッダールタの求道の必然性を浮かび上がらせる効果がある。
当時のインドは、カースト制度による差別と貧困という社会矛盾を抱えていた。これは城を出て人々の生活を観察するシッダールタの目を通しても描かれるが、自身がスードラとして虐げられているチャプラの物語の方がインパクトは強い。チャプラの物語によってカースト制度の過酷な現実が明らかになる。そのチャプラは虐げられた生活から抜け出すため、身分を隠してクシャトリアに成り上がろうとする。
シャカ族の王子であるシッダールタは、政治によって社会問題を解決できる立場にある。カースト制度や国同士の戦争に疑問を抱いていたとしても、出家という選択は必然ではない。むしろ王族の責務を放棄した逃避と否定的な評価も可能である。しかし、政治的に成り上がることでカースト制度の社会矛盾から抜け出そうとしたチャプラの悲劇によって、宗教に救いを求めたシッダールタの選択に説得力を与えた。
(林田力)