松井の義理堅さとは−−。過去、こんな事件が起きていた。松井がメジャー挑戦を表明し、ヤンキースと契約した直後だった(02年オフ)。ミズノのライバル社『N』が「アポなし」でニューヨークにやって来た。松井と対峙するなり、「ミズノとの契約を破棄し、ウチとお付き合いして下さい!」と切り出した。
驚く松井に、『N』は10億円の小切手を突き付けた。
「松井にとっては、まさにアポなしの直撃交渉だったかもしれません。でも、松井と一緒にニューヨーク入りしたミズノ社の担当者は『N』が来ていることを知っていました。当時、『N』が松井の強奪を画策しているという情報も飛び交っていたんです」(別スポーツメーカー職員)
松井強奪、それも新規のアドバイザリー契約料とは別に、10億円の小切手も…。ミズノの担当者は、本社に“SOSの国際電話”を日本に入れたが、こう切り返されたそうだ。
「ウチはこれ以上出せない。それで松井サンが『N』に乗り換えるというのなら…」
しかし、松井は毅然とした態度を取った。10億円の小切手を一瞥しただけで、「ミズノさんにお世話になっています。ミズノさんにも失礼ですから、お引き取り下さい」と返した。『N』は「だったら、(手首の)サポーターだけでも。右手と左手で1億円ずつ」と迫ったが、松井は聞く耳を持たなかった。
松井とミズノはプロ入り以来、『コンマ1ミリ』の太さ、重量を巡って、二人三脚で究極のバットを追及してきた。おカネよりも、そんな信頼関係を選んだ言動に、ミズノ担当者は号泣して喜んだという。
プロ野球OBの1人が一般論と前置きし、こう解説する。
「ミズノはピート・ローズの4000本安打の記録達成のバットも製作しています。セ、パ両リーグの三冠王のバットも作り、イチローもお世話になっています。バレンタイン監督も現役時代、ミズノ社の野球用品を愛用した1人でした。そのきめ細かさ、品質は一級品です。日本の野球用品はどのメーカーも精巧にできているんですが、メジャーリーグでは愛用者が多い方ではありません」
今さらではあるが、ミズノのバットと言えば、名人・久保田五十一氏、名和民夫クラフトディレクターなどによる『匠の職人芸』でも有名だ。松井も『バットへのこだわり』とともに成長した1人である。おカネでは買えない信頼関係。やはり、松井には本塁打のタイトルを獲ってほしい。