葛飾北斎は富嶽三十六景など、多数の名画を世に出していることで有名だが、江戸時代後期の読本作者である滝澤馬琴ら、当時の作家による作品に挿絵を描いていた。
そのため、彼の作品は現代の視点から見ても漫画調に戯画化された物が多く、非常にイマジネーションに溢れたものとなっている。
彼の想像力が一番発揮されたのが妖怪や幻獣など、実在していない生物の描写だった。書物などの描写を元に、既知の生物の特徴を踏まえて戯画化された妖怪たちは、迫力と凄みとともに、どこかユーモラスな姿をしている。
そんな彼が妖怪をテーマにして出した連作が「百物語」だ。有名な怪談や怨霊がモチーフとなっているのだが、現在まで残っているのは5作のみとなっている。四谷怪談のお岩や番町皿屋敷のお菊を怪談の重要な要素と組み合わせてダイナミックに描いているのだが、この中に「笑い般若」なる異様な絵がある。
丸い窓から髪を振り乱し、口元に血のついた般若が顔を出しているのだが、その顔には満面の笑みが浮かんでいる。手には血の滴る子どもの生首が握られており、その生首を指さして笑っているように見えるのだ。
また「笑い般若」に該当する明確な物語は現代まで確認されておらず、全体的な雰囲気も含めて「百物語」5作の中では特にグロテスクで異彩を放つ絵となっている。
この「笑い般若」の正体については正確な伝承がないため、今でも解釈の分かれる所であるが、後に鬼子母神という仏尊となる赤子をさらって食い殺していた夜叉、訶梨帝母の姿を描いたものではないかとする説が強い。
文:和田大輔 取材:山口敏太郎事務所