事故後、かつての田畑や田んぼは草原に変わり、本来、夜行性で臆病なはずのイノシシやサルが白昼堂々わが物顔で歩き、人が住まなくなった家々はネズミの巣窟となった。福島県は国際原子力機関(IAEA)と実態調査に乗り出しているが、対策は“変化”に追いつけない。
野生の動物にとって立ち入り禁止区域は、人のいない“安全な繁殖地域”だ。ブタにイノシシを交配して食肉用として作出した『イノブタ』、『家ネズミ類』、そして『ハチ類』が家屋に住みつき大繁殖中なのだ。
「イノブタは、原発事故のあと取り残された家畜のブタやイノブタが、野生のイノシシと交配するなどしてどんどん増えている。被害が最も深刻なのは富岡町(居住制限区域)だが、もともと家畜だったため野生のイノシシと違い警戒心がなく、人が近づいても逃げません。増え過ぎて人の住む周辺地域にも進出し、食べ物を求めて畑を掘り返すわ、牛舎や豚舎に入り込んでエサを横取りするわ、備蓄倉庫の扉を壊して中に入って食べ荒らすなど被害は甚大です。駆除するにも原発事故の前に比べてハンターが激減していますからお手上げ。すべては放射能汚染のせいです。ハンターだって動物を獲っても食肉用にはならず売れないですからね」(富岡町役場・農林水産関係者)
それだけではない。放射線量が比較的低い地域では帰宅へ向けた準備が進められているが、イノブタが家まで上がり込むなど、生活する上での新たな障害になっている。始末の悪いことに、イノシシは人間の生活臭を嫌うが、イノブタはエサを感じて人間臭を喜ぶからやっかいだ。しかもイノシシの倍の年間10頭前後の子どもを産むので、繁殖力も旺盛ときている。
「野生動物も原発事故から数年を経て、人間を見たことのない次世代が繁殖している。だから母から子へ伝わる人への警戒心がない。ハンターの怖さを知らないクマが市街地へ出てくるのと同じです。イノシシなどは食習慣も変化し、これまで食べなかったにおいの強いミョウガや玉ねぎまでかじってしまうから農作物への被害が大きいのです」(福島県鳥獣保護センター)
むろん県などもイノシシやイノブタを駆除しているのだが、残念ながら食用にすることはできない。肉からは最高で6万1000ベクレル/キログラム(基準値の610倍)もの放射性セシウムが検出されるからだ。
家ネズミ類も実に厄介な存在。一時帰宅した人は、家中フンだらけの光景に思わずのけ反ったという。クマネズミに床や柱、壁、畳、配線ケーブルなど手当り次第にかじられており「これでは家を建て直すしかない。いや、もう帰る場所じゃない」と悲嘆に暮れる。
こうしたことは、自然のサイクルにも変容をもたらしている。たびたび都会の家屋に住みついて大騒ぎになるハクビシンも、餌となるネズミの増大で傍若無人に振る舞い、追われたネズミは人の住む民家へ拡散していく。こうした被害が、ますます帰還意欲を失わせているのだ。