その陰に隠れるようにもう1人、注目の人が復帰を果たした。数々のトラブルを引き起こし、大相撲界を追われた元横綱朝青龍の全盛時代、協会の顔の広報部長として華やかなライトを浴び、空気を読めない言動で批判もされた高砂親方(元大関朝潮)が、委員から役員待遇にワンランクアップし、生活指導部副部長に就任したのだ。
「高砂親方は平成22年初場所後に朝青龍が引退に追い込まれたとき、監督不行き届きということで役員待遇から主任に2階級降格し、その年の春場所では会場の大阪府立体育館(現ボディメーカーコロシアム)の裏口警備係という屈辱的な扱いを受けています。その後も、切符のもぎり係や監察委員などの閑職に追いやられ、完全に忘れられた存在になっていた。そのため、再び日の当たる場所に戻ってきたのは3年ぶりのことになります。ただ、元の役員待遇に復したとはいっても、これまでを考えれば素直には喜べないんじゃないでしょうか」(担当記者)
さらに、高砂部屋といえば、大相撲界でも屈指の名門だが、朝青龍がいなくなったこの3年間ですっかり様変わり。初場所初日には、いまや1人の関取となった十両西6枚目の朝赤龍が左足関節軟骨損傷で突如、休場。高砂部屋が創設された明治11年(1878年)の6月場所から135年間、ずっといた関取が消滅の大ピンチにさらされてしまった。
幸いなことに、朝赤龍の回復は思ったより早く、5日目から強行出場。気力を振り絞って5勝を挙げ、なんとか十両残留を確定させた。しかし、関取ゼロの危機が去ったわけではない。
果たして“3年のブランク”をどうやって埋めるか。春場所の隠れた見どころだ。