それは、当時世界初の“バーチャルアイドル”伊達杏子。1996年デビュー時の正式名は「伊達杏子 DK-96」で、DKは「Digital Kids」の略だった。1979年10月26日生まれという設定だったので、いまも活動していれば31歳。妙齢のオネエさまになっていたはずだが…。
「大手芸能事務所ホリプロがプロデュースし、96年11月にシングル『LOVE COMMUNICATION』で鳴り物入りでCDデビューしましたね。かなり宣伝費をかけていたのでは。主要スポーツ紙の芸能面で大きく扱われていましたし」と当時を知るマスコミ関係者。
しかし、実際には鳴かず飛ばずだったようだ。ラジオ番組のレギュラーを持つなど話題になった割には、その後のブレイクはなかった。2001年頃には“自然消滅”していた伊達杏子、07年インターネットの仮想世界セカンドライフ内でアバターとして活動再開。イメージチェンジしての再登場だったが、これも尻すぼみに終わった。
ホリプロが時代を先取りしすぎたのか? マスコミ関係者は話す。「やはり、バーチャルアイドルの活動には限界がありましたからね。CGの技術もまだまだ発展途上だったし。あのころもしAKBみたいなアイドルがいて、秋元さんみたいなプロデューサーがCGアイドルを作り上げようとしても技術が追いつかなかった。今回、江崎グリコのCMを見ても違和感を持たなかった視聴者もいたはず。それぐらい精巧なCG合成でしたからね。その点ではCG技術が追いついたとは言えるかも」
江口愛実の“成功”を受けてこの先、第2、第3のCGアイドルが出てくるかもしれない。ひょっとすると伊達杏子の復活もある? ともちんことAKB板野友美(19)も所属するホリプロのHPを探したが、残念ながらバーチャアイドルのページはなかった。