トミージョン手術の大きな特徴は、結果にバラツキが大きいことだ。約40%は以前の球速に戻り、約30%は球速が2、3キロ低下する。最悪のケースは手術の失敗で痛みがとれず再起できない場合で、10〜15%ほどの投手は選手生命を絶たれる。
その一方で、この手術では術後のリハビリなどで体幹が鍛えられ、15〜20%の投手は以前より球速がアップする。表(※本誌参照)にあるように日本人大リーガーはこれまでダルを除いて5人がトミージョン手術を経験しているが、球速がアップしたのはレッドソックスの田澤純一だけだ。和田毅は以前の球速に戻ったものの、松坂大輔と藤川球児は復帰後、球速だけでなく、制球力も低下して苦しい投球が続いた。最悪の結果になったのは大塚晶文で二度トミージョン手術を受けながらともに失敗し、再起できなかった。
このように日本人大リーガーのトミージョン手術の成績は芳しいものではないので、ダルの結果がどうなるか心配されていた。しかし、結論から言うと、ダルは田澤同様、手術のあと球威もアップしており、日本人投手には少ない成功例になる可能性が高い。
ダルがブルペンで本格的な投球練習を開始したのは手術から11カ月が経過した今年2月中旬のことだが、いきなり新任のブロケイル投手コーチと正捕手のチリノスを驚かせている。速球の威力が予想をはるかに超えていたのだ。
それ以降、中3日で数回15〜25球の投球練習を繰り返し、3月下旬からは登板間隔を中1日ないし2日にして投球数も増やしているが、手術した箇所に痛みが走るようなことは一度もない。トミージョン手術明けの投手は投球フォームが安定しないためリリースポイントがバラバラになり、制球に苦しむケースが多いが、ダルの場合はこれも見られない。ブロケイル投手コーチはブレが全く見られない投球メカニズムを「グレッグ・マダックス以外、これほど投球メカニズムの素晴らしい投手は見たことがない」と賞賛。さらにダルのスライダーにも「これほどハイレベルなスライダーは見たことがない」と最上級の賛辞を送っている。
これはダルの今シーズンを占う上で、大きな意味を持つ。なぜならダルは、米国では『ベスト・スライダー・ピッチャー』と見なされており、スライダーのコントロールが生命線の投手だからだ。
復帰の時期が早まりそうなのには、速球とスライダーの威力が凄いことに加え、先発の5番手に人材を欠くチーム事情もある。
「レ軍は先発4番手まではまずまずの陣容だが、5番手で使える投手がいない。オープン戦では若手のAJグリフィンとチチ・ゴンザレスを競わせていたけどどちらも不調。結局、防御率6・00のグリフィンを5番手にしてシーズンを迎えることになったけど、この投手はトミージョン手術がうまくいかなくてメジャーで2年間一度も投げていないんだ。オープン戦では一発病が深刻だったので、開幕後はハイペースで一発を食らうことが予想される。おそらく3、4試合先発しただけでマイナー落ちするだろう。レンジャーズの3Aには、これに代わる人材もいないので、ダルビッシュを待望する空気が広がる可能性が高い」(スポーツ専門局のアナリスト)
メジャーでは実績ある投手が復帰する場合、自軍のマイナー選手相手の紅白戦に1、2度登板し、問題がなければマイナーで試運転登板を開始する。通常は1A、2A、3Aでそれぞれ1、2試合投げてからメジャー復帰となるが、球団の事情で早く復帰させる必要が生じた場合はマイナーで2試合投げさせただけで復帰となる場合もある。
レンジャーズは当初、4月中旬に紅白戦、4月下旬か5月上旬にかけてマイナーで4、5試合に先発してから5月下旬にメジャーに復帰させるというタイムスケジュールだったが、5番手が機能しなければ、ダルをマイナーで2試合に先発させただけで4月末か5月上旬にメジャーに引き上げることになるだろう。
ただ、復帰後いきなり大活躍を期待するのは無理がある。トミージョン手術明けの投手は厳格な球数制限を課せられる。始めのひと月は80球前後に制限されるので、5回まで投げて降板というケースが多くなるだろう。
ただ、シーズン後半(7月中旬のオールスター以降)は制限がなくなるので、大いに期待できる。
ダルが欠場していた昨年7月にレ軍は大物サウスポーのコール・ハメルズを獲得してエースに据えたので、ダルは復帰後先発の2番手か、3番手として投げることになるが、後半の踏ん張りで是非エースの座を取り戻して欲しいものである。
ともなり・なち 今はなきPLAYBOY日本版のスポーツ担当として、日本で活躍する元大リーガーらと交流。アメリカ野球に造詣が深く、現在は大リーグ関連の記事を各媒体に寄稿。日本人大リーガーにも愛読者が多い「メジャーリーグ選手名鑑2016」(廣済堂出版)が発売中。