同作は、映画の製作現場である撮影所を舞台に、そこで切られ役など、セリフのない様々な端役を演じる「大部屋俳優」を中心に描かれるお仕事モノ作品でありながら、人情劇としての側面を持っているのが特徴だ。話の中心となるのは大部屋俳優のヤス(平田満)と女優としてブレイクせずに役者の道を諦めた小夏(松坂慶子)で、ヤスが世話になっている有名俳優・銀四郎(風間杜夫)に子を身ごもった元恋人の小夏を、身辺整理のためにかわりに結婚してくれと押しつけられたことで、物語が始まる。
物語のクライマックスとなる池田屋事件撮影シーンでの、高さ数十メートルの大階段落ちがこの作品で最も有名なシーンだろう。他のシーンでもとにかくいい意味で大げさで派手なのが、この作品の面白い点だ。
このあたりは舞台を意識しているのか、登場人物のテンションがおかしいくらい高くコミカルだ。ヤスも小夏も銀四郎も、かなりわかりやすいキャラクターとなっている。ヤスはお人よしでどんな要求ものんでしまう。出番を減らされ続ける銀四郎のピンチに、死ぬ危険性があるので、誰もやりたがらなかった階段落ちの仕事を引き受けてしまうが、その後、恐怖で悩み、周囲に当り散らすというダメ人間キャラとなってしまう。小夏は最初はツンツン、後半からはヤスにデレデレという極端なキャラだ。
銀四郎も女を身辺整理するために押しつけ、好き勝手やっているということで他の作品ならば嫌悪感を持ちそうな性格だが、落ち込みぶりもはしゃぎっぷりも、おかしいくらいの勢いなので、その嫌らしさが薄れてしまうほどおバカに仕上がっている。将棋駒のデザインをあしらった愛車のキャデラックなども、そのバカさに拍車をかけており、かなり印象に残る。
蟹江敬三演じる映画監督も、原田大二郎演じる銀四郎のライバル俳優・橘も、作品全体のバカ騒ぎに乗っかる形のテンションとなっており、主要キャラの心情や、話の流れをかなり楽に追える。しかも、登場人物のエゴイズムや、それが原因となる挫折や苦悩。辛い現実に必死に抗おうとする役者魂もきっちりと見せているので、滅茶苦茶な勢いの割には、きっちり感動できるシーンなども盛り込まれており、娯楽作品としてかなり完成度が高い。
さらにこの作品では、小夏の心境変化がかなり物語の厚みを出している。最初は女優らしさが抜けていないので、服装も派手で、スター気取りだが、他人の子と女のために、文字通り体を張ってお金を稼いでくるヤスを見てどんどん表情にも優しさが出てくる。中盤のお弁当を持ってヤスに会いに行く小夏はまるで別人のようになっている。この性格の変化だけで、ヤスの幸せとそれと反比例するように、全てが上手くいかなくなってくる銀四郎のわかりやすい対比が出来上がっている。そして、銀四郎によりを戻そうと迫られた時に「いつも一緒にいてくれる人が一番なのよ…、銀ちゃん一緒にいてくれないじゃない」と返す場面、ここで、ヤスのただの腰巾着ではなくなった、ことが強調されるのだ。
そして階段落ちを引き受けてからの一連の流れでは、ヤスが一瞬でも銀四郎より上に立ちたいという心境が強烈に描写される。ここでも小夏の存在が活きてくる。普段は銀四郎に媚びへつらっているが、実はヤスにもどこかで、銀四郎を超えたいという野心があるのだ。小夏が自分を選んでくれたという事実も、その優越感を満たすひとつの要素になっているのだが、ひょんなことでそのことにも不信感を持ってしまう。階段落ちの撮影前に弱気になり、酔って小夏に当り散らし、さらに小夏の近くで屁をして、銀四郎に屁をされた時と反応が違うと怒りだすシーンでは、そのあたりの複雑な心境を、とりあえず暴れるという勢いで表現している。小夏にとっては既に銀四郎より、ヤスの方が大きな存在になっているのだが、そのことに全く気づいていない。ある意味、それまで人に従ってばかりだったヤスの生の心境が出るシーンでもある。
そのあたりの不満の解消を、小夏の説得でなんとかしないで、クライマックスの階段落ちに持ってくるのが、この作品が大部屋俳優にスポットを当てた作品らしいと言えばらしい点だ。階段の上でヤスが「俺が主役だ!」とわめくシーンは、なりゆきで引き受けたものの、銀四郎へ対する劣等感を拭いたかったという気持ちが強烈に現れている。しかし、死ぬ危険性もあった階段落ちから生還すると、元のお人よしに戻ってしまう。このあたりが、馬鹿馬鹿しくて騒々しい同作らしい。実は同作も劇中劇の撮影だったとネタバレするオチも含めて。
また、同作の撮影を深作監督は後に「楽しかった」と話していたそうだが、そのあたりも観ているとわかることだろう。同作が映画を作る現場の作品ということを利用して、ちょいちょいド派手な爆発や銃撃戦、チャンバラをJAC(ジャパンアクションクラブ)を使ってヤスが引き受けた仕事として盛り込んでいる。他にもヤスと小夏の結婚をミュージカル風に描写したりと、ある意味一番やりたい放題な深作監督を堪能できる作品かもしれない。
(斎藤雅道=毎週土曜日に掲載)