昔、願成寺の末庵に目を見はる程の美しい尼僧が住んでいた。いつの頃からか、可愛らしい小姓が、尼僧に身の回りの世話をするために寺へ毎日通うようになった。小姓は、寺にいる時も、外へ出掛ける時も、片時も尼僧の側を離れず、寄り添っていた。だが、この小姓は、どのような素性の者で、何処から来ているのか、村人は誰も知らなかった。また、不思議なことに夕暮れになると、小姓は寺からいつの間にか姿が見えなくなるのであった。初めのうちは、村人達も尼僧と小姓の姿を微笑ましく見守っていたが、次第に羨ましく思うようになってきた。
ある日のこと、村人が数人集まって本堂の影で、小姓のことを噂していると、庫裏から、小姓が出てきたのが見えた。何処へ帰るのか、確かめてみようと、村人達はこっそりと後をつけてみた。佐久良川の堤まで来た時には、すっかり日も暮れて、辺りは薄暗くなってきた。葦が欝蒼と茂った河原には行きかう人の姿は無く、このまま進むと、淵があるだけだった。その時、前方を進む小姓は佐久良川の淵で、すっと消えてしまった。怖くなった村人は逃げ出した。
小姓の噂で村中持ちきりになると、あれほど律儀に寺に通っていた小姓は姿を見せなくなり、尼層は寺に篭りきりになった。
暫くすると、村は日照りになり、川遊びをしていた子どもが神隠しにあったり、火災が増えたり、災厄が続いた。「これは佐久良川に棲む魔物の仕業に違いない」と、皆が言い出すので、修験者に占ってもらうことにした。「佐久良川に棲む人魚の仕業である。直ぐに退治しなさい」と、占いに出た。
村人は佐久良川を取り囲み、人魚が逃げないように、上流と下流に投網を仕掛け、追い詰めて捕獲した。何と、捕まえた人魚の正体はあの小姓だったのだ。「動物の身でありながら尼僧に近づいたとは、けしからん」と、村人は怒り、人魚はミイラにして、見せ物にした。その後、気の毒に思った人達の手によって、今は亡き尼僧の眠る願成寺の観音堂に安置された。
(写真:「願成寺」願成寺(東近江市川合町)、人魚のミイラ(こちらは主に中部、関西地方で見られるもの)
(皆月 斜 山口敏太郎事務所)