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過激すぎて初回は録音、元日スタートのビートたけし伝説のラジオとは?

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ビートたけし

 ビートたけしと言えば、すっかり全盛期の毒気がなくなったといった印象が強い。昨年は史上最低の視聴率を記録したNHKの大河ドラマ『いだてん』の古今亭志ん生役のナレーションの滑舌の悪さや、関ジャニ∞の村上信五と3年連続のタッグを組んだ『FNS27時間テレビ』(フジテレビ系)の視聴率も歴代最低となり、ネガティブな印象ばかりを残してしまった。

 だが、全盛期のたけしは確かに過激だったと証明される番組が、1981年1月1日深夜に始まった『ビートたけしのオールナイトニッポン』(ニッポン放送系)だろう。当時のたけしは漫才ブームで台頭してきた頃である。この番組は基本的に生放送だが、たけしの毒舌を警戒して初回放送は録音で行われた。

 この番組の何が新しかったかと言えば、それまでフォークミュージシャンなどが、ラジオの向こう側のリスナーに「あなたの番組」と呼びかけていたのを、たけしは「私の番組です」と好き勝手にやると宣言した点にある。番組では、自身の不倫体験を赤裸々に話したほか、マネージャーやスタッフ、果ては同業者のタレントをイジるなどタブーなしの番組であった。

 この毒舌に夢中になった人間は多い。爆笑問題の太田光や、浅草キッドの水道橋博士、さらに芥川賞作家の西村賢太氏など、番組のヘビーリスナーは数多い。この番組は、テレビの視聴率にあたるラジオ番組の聴取率が全盛期は5~6%はあったと言われている。現在は1%でも人気番組となるラジオ業界においては、驚異的な数字と言えるだろう。もちろん、これは全世代の平均値であり、中学や高校など若い世代ではクラスのほぼ全員が聴いているような番組であった。

 この番組は1981年から90年まで10年にわたって続いたが、1986年にたけしが「フライデー襲撃事件」を起こしても打ち切りとはならなかった。それだけ人気番組だったと言える。たけし謹慎中の代役は大竹まことらが務めた。

 番組が後期になると、たけしは生放送の現場に現れないこともあった。理由は「おばけが出たから」といった適当なもので、その場合は弟子のたけし軍団が場を繋いだ。さらに、2019年に亡くなった内田裕也さんをゲストに招くも現れず、仕切り直しの場もすっぽかして怒った内田さんが暴れていたのを、新人時代の伊集院光が目撃し、エピソードとして自身の番組で語ったこともある。

 数多くの名物番組を持つたけしだが、とりわけ伝説と過激度が高いのが『オールナイトニッポン』であったと言えるだろう。

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