「蜂刺症で問題になるのはアシナガバチ、スズメバチ、ミツバチ、マルハナバチ類の約20種です。これらのハチは餌を採るためではなく、外敵を攻撃するのに毒針を使用し被害は7〜10月に多いが、冬にも発生しています。特に気を付けなければならないのはスズメバチ。外敵に対する巣の防衛本能が非常に発達していますから、些細な刺激に対しても敏感に反応して人を襲うのです」(外科医)
蜂刺症で脅威なのは、0.3〜3%の割合で起こるアナフィラキシー反応だ。
「これは超急性の全身性アレルギー反応で、多く見られる症状は全身に起きるジンマシンやムズ痒さですが、恐ろしいのは2度刺された場合、死に至ってしまうケースがあることです。1回目に刺されたときに体に抗体ができてしまい、2回目にその抗体がスパークしてショック症状を起こしてしまうことがある。重症になると、上気道閉塞による呼吸器症状や血圧低下などの心血管症状を引き起こすのです」(同)
立ち入り禁止区域外のある病院では、通常年間約30例前後の症例だったが、'14年には受診数が約60件と2倍に増え、今年も7月末時点ですでに30件に達した。このままだと昨年と同等以上の受診数になるという。
「この病院の蜂刺症受診者の4人に1人が、福島原発から20キロメートル圏内の避難区域でスズメバチに刺されていました。被害者は主に除染作業員や一時帰宅者です。除染作業員は山間部の他、市街地においても活動していますが、本来、山間部にいるスズメバチに市街地で刺されていることが大きな特徴です。つまり事故後荒れ地や空き家になった場所が、蜂の巣だらけになっているということですね」(地元在住ジャーナリスト)
ハチにとって極めて快適な住環境である空き家では、みるみる巣が大きくなる。当然、個体の数も多くなるため、必然的にハチと出くわす確率が増す。スズメバチは山にいるものと思い込んでいると、そのうち都会にいても襲われることになるかもしれない。
最大種のオオスズメバチの場合、1日の総飛行距離は平均して100キロメートルを超えるという。立ち入り禁止区域から東京まではざっと200キロメートル。通常は巣から離れないとはいえ、首都圏までの飛行は数字上可能だ。
「ハチの巣の存在に気付いた住民は巣の撤去を要請するが、巣が多過ぎて駆除が間に合わない。その結果、自分たちで撤去するので大変危険な状況になっていることも見逃せません。避難区域内に一時帰宅した人が、自宅2階の雨戸を開けると複数のスズメバチに急襲され頭や手を刺されたという例もある。雨戸の収納スペースにスズメバチが巣を作っていたのです。長期避難を強いられることがなければ、巣が小さいうちに駆除することができたはずで、返す返すも原発事故がなければ…という思いです」(同ジャーナリスト)
アナフィラキシー反応は、発症から死亡までの時間がなんと10〜15分以内と非常に短い。そのため迅速な対応が求められるのだが、人や医療機関が少ない立ち入り禁止区域の場合、時間内に病院に到着することは難しい。たとえ近くの診療所に運ばれたとしても、対応設備が乏しいため重症例への対応は困難を極める。
「スズメバチの毒針はミツバチと違い、何度でも刺すことができる上、防護服を着ていても刺される場合があるほど強力。しかも刺して毒液を注入するだけでなく、空中から散布することもあります。散布された毒液は警報フェロモンの働きをし、結果、仲間を集めて興奮させ、集団で襲ってくることになる。これほどに凶暴なスズメバチも、中国では漢方薬として疲労回復、体力増進、血行障害などに用いられてきました。駆除を依頼されたスズメバチとその巣を、薬を使わずに捕獲し、栄養剤として販売しているところもあります」(健康食品メーカー担当者)
このような利用価値の他、本来は農作物に害を及ぼす昆虫を捕まえてくれるスズメバチ。だが、人間から“隔離”された場所での実態把握はほとんど進んでいない。放射性廃棄物の影響で怪獣化した『ゴジラ』はフィクションだが、福島原発事故は紛れもないノンフィクション。被害は綿々と続いているのだ。