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「歴史楽屋噺」パート5・流刑地で神になった博徒、小金井小次郎

 幕末の侠客で最も有名なのは清水次郎長だろうか。いやいや、「赤城の山も今宵限り」でお馴染みの国定忠治だって、知名度では負けていないだろう。
 両者に共通するのは、「浪曲」の主人公として魅力的に描かれたという点である。

 しかし「浪曲」云々を抜きにして、幕末の侠客でもう一人忘れてはならない人物がいる。小金井小次郎である。現在の東京都小金井市出身。武士の家に生まれるも、思いきりドロップアウトして博徒となり、若い頃からメキメキと頭角を現したという。
 そんな小金井の小次郎だったが、アウトローの宿命か、ある時ついに「御用」となって三宅島に流されてしまう。三宅島で小次郎が見たのは、慢性的な水不足に苦しむ島の人たちの姿であった。
 小次郎は三宅島の人たちを不憫に思ったのか、一肌脱いで掛け替えのないプレゼントをした。大きな井戸を掘ったのである。これによって島の人たちは、乾季が続いても水源を確保できるようになった。井戸を掘ったのは小次郎および、小次郎の三宅島の若い衆たちで、何年もかけて立派な井戸を完成させたのだ。
 その結果、水不足の問題は解決し、井戸は「小次郎井戸」という名で島民に親しまれた。同時に小次郎自身も神様か仏様のように崇められたのであ る。江戸の町では「やくざ者」の小次郎だったが、三宅島では「神様」として有り難がられたのだった。

 三宅島を救った「小次郎井戸」だが、島に近代的な水道システムが確立する昭和の中頃まで普通に使われていたというのだから驚きだ。
 三宅島の人たちは、小次郎が島にいた時は勿論、江戸の町に戻ってからも感謝の念を忘れなかった。ちなみに今でも三宅島の年配者は皆、「小次郎井戸」を知っているという。

 蛇足だが、「江戸の町は水路の発達した世界有数の近代都市だった」という新説が最近発表された。
 「小次郎井戸」はおそらく江戸の町の井戸をモデルに造っており、小次郎が幕末の三宅島に持ち込んだのは、江戸の町が世界に誇る水源確保の技術だったのかもしれない。それなら「神」と呼ばれてもおかしな話ではない。

(みんみん須藤)

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