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巨人・岩隈に「オリックスでやりたいならやっていい」 田尾元監督が告白、当時は明かされなかった楽天入りの秘話とは

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田尾安志氏

 元楽天で野球解説者の田尾安志氏が19日、自身の公式ユーチューブチャンネルに動画を投稿。2005年の楽天監督時代に共に戦った巨人・岩隈久志について言及した。

 今回の動画で田尾氏は、同日に引退を発表した岩隈との思い出をテーマにトーク。その中で、岩隈が2004年オフに消滅した近鉄から楽天に移籍した際の裏話を明かした。

 >>巨人・岩隈、「カネにうるさいヤツ」非難された過去ポスティング決裂の裏にあった真相とは<<

 2004年オフの新規参入にあたり、近鉄と合併したオリックスと「分配ドラフト」を行った楽天。このドラフトはオリックスがプロテクトした25名以外の選手からまず20人を楽天が獲得し、その後オリックス、楽天の順番で交互に選手を指名していくというものだった。田尾氏によると、近鉄のエースだった岩隈はプロテクト枠の25人の中に入っていたため、本来ならオリックスに行くはずだったという。

 ところが、どういうわけか岩隈が「オリックスのユニフォームは着たくない」と拒んだためオリックス入りは難航。田尾氏は楽天監督就任にあたり岩隈の義父に当たる広橋公寿氏を一軍守備走塁コーチとして招へいしていたが、その広橋コーチからも「(岩隈は)オリックス側と7、8回はミーティングをした」と伝えられたという。

 この事態を受け、岩隈が義父の広橋コーチに気を遣って楽天を希望しているのではと心配したという田尾氏。広橋コーチを通じて「岩隈を獲りたいからではなく、広橋というコーチが優秀だから僕は(広橋にコーチを)お願いしたんだ。だからそういうこと(義父が楽天にいること)は気にせず、オリックスでやりたいならやっていいんだよ」と岩隈に伝えたが、それでも本人の意思が変わらなかったため楽天に入団することになったという。

 なぜ岩隈が最後までオリックスを拒んだのかは分からず、その後も本人に聞いてはいないという田尾氏。ただ、創設当時の楽天は先発ローテも満足に組めないほど選手層が薄かったため、「結果としては、楽天のユニフォームを着てくれたことは非常にありがたかった」と岩隈に感謝していた。

 田尾氏はこの他にも2005年シーズンに岩隈が登板した中で印象に残っている試合や、引退を受けての自身の思いなどを動画内で語っている。

 今回の動画を受け、ネット上には「オリックスを拒否したことは知ってたけど、監督・コーチの間でそんな話をしてるのは知らなかった」、「何でそこまでオリックス拒否の意思が強かったんだろうか」、「岩隈は広橋さんがコーチに招かれる前からオリックス行きたくないって言ってたから、義父の存在以外の理由がある気がするけどなあ」、「近鉄はオリックスに吸収合併される形で消滅したから、なかなか気持ちの整理もつかなかったのかも」、「引退したら時間できるだろうから、ゲストで呼んでその辺りのこと聞いてみてほしいな」といった反応が多数寄せられている。

 オリックスとの交渉が難航したことで、当時は中日、巨人、阪神も獲得を模索していた岩隈。当時からはおよそ15年が経つが、オリックスを拒み楽天入りした理由を知りたいと考えているファンは今でも多いようだ。

文 / 柴田雅人

記事内の引用について
田尾安志氏の公式ユーチューブチャンネルより
https://www.youtube.com/channel/UCujKx9MOD0zja02WXkDAwwA

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