しかし、事態を整理すると、意外な事実が浮かび上がる。もともと野党は一致して一律10万円給付を要求していた。4月2日には野党統一会派が、一律10万円給付を政府に申し入れている。それに先立つ3月31日には、与党の公明党も10万円給付を提言している。さらに自民党内にも若手を中心に一律10万円給付を主張する議員が多かった。国会はほぼ全会一致で一律10万円だったのだ。
そして、4月17日にBS-TBSの報道番組『報道1930』で共演した甘利明税調会長が驚きの証言をした。甘利氏は3月13日に「シンプルでインパクトのある対策とするため、一律5万円給付」を総理に直談判したというのだ。それに対して、総理は「自分もまったく同じ考えだ」と応じ、ただし金額は自分にまかせてほしいと言ったという。
結局、3月の段階では、野党も与党も、そして総理までもが一律10万円を考えていたことになる。それが4月3日には、困窮世帯への30万円給付に代わってしまった。犯人は一体誰なのか。密室のなかでの決定なので、証拠はないのだが、関係者の見立ては一致している。総理秘書官たちだ。
総理大臣は霞が関から送り込まれた6人の秘書官に囲まれている。経済産業省出身の今井尚哉政務秘書官を筆頭に、財務省、外務省、経産省、防衛省、警察庁出身の5人の事務秘書官だ。彼らは、国の基本政策に強い影響力を行使している。
今回、不評3点セットと呼ばれたアベノマスク、星野源氏とのコラボ動画、30万円給付は、すべて彼らの発案だとする見方も根強い。
安倍総理は秘書官たちに取り囲まれ、孤立するなかで、一律10万円給付を断念してしまった。「もっと早く判断しておけばよかった」というのは、そのことへの反省なのだろう。
なぜ秘書官たちは一律10万円に反対したのか。財政への懸念が原因であることは明らかだ。30万円給付は予算ベースで3.9兆円であるのに対して、一律10万円は12兆円以上の予算が要る。ただ、秘書官たちが思い付いた30万円給付には重大な欠陥があった。
対象となる国民が2割を割り込むために、困っている人の多くを救済できない。また、制度があまりに複雑になるため、市町村の事務負担が膨大になり、支給も遅くなってしまうのだ。
今回の一律10万円給付への方針転換は、結果として非常によかったと思う。ただ、危機対応への遅れをもたらした官僚出身の総理秘書官たちは、更迭すべき。
もっと言えば、この際、総理秘書官を官僚から登用するのをやめて、民間出身者や霞が関から距離を置く官僚OBから登用する形に変えた方がよいと思う。それが、後手後手に回っているコロナウイルスの感染対策のスピードアップにつながるし、何より安倍総理が標榜する、真の意味での官邸主導につながるからだ。