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田中角栄「怒涛の戦後史」(21)元防衛大臣・田中直紀(下)

 昭和44(1969)年春、田中角栄の一人娘・真紀子と鈴木直人元衆院議員の三男・直紀は、東京・赤坂のホテルオークラで、日本鋼管(のちのNKK)社長の赤坂武夫妻が仲人となり挙式、結婚披露宴を行った。

 田中はこのときの挨拶で、この人がと思われるほど、人前はばからずの号泣をした。
「今日から鈴木君(新郎)は、うちの息子だ。私にとっては、娘より可愛い息子だ…」

 しゃべっている最中も、絶句に次ぐ絶句で、宴がハネたあと、ある自民党の実力者から、こう冷やかされたものだった。
「君、そんなことでは政治家は務まらんなぁ」

 しかし、この結婚は、じつは挙式の30分前まで難航に難航を重ねていた。理由は、鈴木直紀が田中姓となり、婿養子となるか否かであった。田中は、真紀子が嫁に行ってしまうと、田中の姓を名乗り田中家を継承していく人物がいなくなることから、最後まで婿養子に固執していた。

 対して、鈴木家も直紀の母親が、亡夫の跡を継いでやがては鈴木姓で〈福島3区〉(旧中選挙区制)から衆院選に出てほしいという思いが強かった。ために、婿養子には断固ノーだったのである。当の日本鋼管勤務の直紀も、赤坂社長から「向こうは娘一人だ。婿養子を考えてやれ」と攻められ、当惑していた。

 一方、真紀子はといえば、学生時代から友人に「私は見合い結婚や婿養子は絶対イヤ。嫁に行くんだ」と語っていたくらいで、直紀の婿養子には断固ノー、父・角栄に対して「私は嫁に行き鈴木姓になる」と譲らなかった。性格は潔癖、こうと言い出したらテコでも動かぬ真紀子の性格を知る田中は、さすがに頭を抱えたものだった。

 やがて披露宴の直前、ついに田中は直紀の母親に頭を下げ、一方で強引に婿養子を改めて申し入れた。そのとき、直紀の母親は「これをのんでくれるなら、やむを得ない」として、三つの条件を出したのだった。

 一、来たるべき日、直紀を亡き父親の選挙区から衆院選に出馬させること。二、田中家の全財産は、将来、直紀が継ぐこと。三、以上について披露宴で公表し、約束すること。

 田中は、この三条件のすべてを受け入れると回答、その直後に、式場の別室で直紀と会って本人の了承を取り付け、ここに事実上の「田中直紀」が誕生したのであった。そして、田中は前述したように、それとなく三条件を公表しながら、ついには号泣、絶句の中で披露宴での挨拶を行ったということだった。

★「田中王国」再興遠し

 しかし、結婚から10年以上が経った頃、また田中と田中直紀・真紀子夫妻がぶつかることになった。日本鋼管勤めの直紀が「父親の跡を継ぎたい」と言い出し、当初は夫の政治への参画をよしとしなかった真紀子も、夫の意向を受け入れたのである。時に“婦唱夫随”などと言われた夫妻だったが、ここでは夫唱婦随を見せつけたということだった。

 田中が「田中家としてのワシの後継者は雄一郎だ」と直紀の出馬に反対すると、真紀子は「それなら私は孫を連れて福島に行きます」と、まったく噛み合わずであった。

 ここで田中の言う「雄一郎」とは、直紀・真紀子夫妻の長男で、のちに慶應義塾大学経済学部を卒業して公認会計士となった、田中にとっては目に入れても痛くない孫である。ちなみに、雄一郎は現在も公認会計士として活躍しており、田中が生前に熱望した政界入りの線は、なくなっているとされている。

 こうした経緯の中、田中直紀は昭和58年の衆院選に、父親の地元である旧〈福島3区〉から出馬、初当選を飾った。直紀はその後、衆院3期目を目指したところで落選、平成10年の参院選で〈新潟選挙区〉から出馬して当選、その後、農水副大臣、安倍晋三内閣で防衛大臣のポストを踏んでいる。

 一方の真紀子も、平成5年、倒れた父の地盤だった衆院の旧〈新潟3区〉から出馬、圧倒的人気でトップ当選を果たした。その後、小泉純一郎内閣で外務大臣に抜擢され、「真紀子旋風」を巻き起こしたが、外務官僚との意思の疎通を欠いたことから、その座を追われた形になっている。

 直紀と真紀子は、ともに議員バッジをはずし、一度は踏み出した新潟での夫婦による「田中王国」再興への夢は、現在、断たれた格好になっている。

 直紀・真紀子夫妻が衆参両院で議員として活躍中の頃を振り返り、田中家をよく知る記者のこんな声が残っている。

「双方がバッジを付けているときは、時には手をつないで赤じゅうたんを歩いている姿があった。夫妻としては、直紀は細かいことにこだわらぬタイプで、『政界のマスオさん』などと言われたこともあるが、真紀子のほうがより直紀に惚れている感じがしたものです。
 真紀子の感性は父・角栄に似て鋭いものがあったし、もう少し父親譲りの他人に対する“情の気配り”があれば、わが国初の女性首相の誕生もあっただけに、惜しまれる」

 世の中の多くがそうであるように、子供は親の思い通りには育ってくれないものである。あの怖いものなし、さしもの絶対権力者だった田中も、「王国」の再興が遠い現在、泉下でこう言っているのではないか。

「世の中はしょうがないねぇ。みなさん!」と。
(本文中敬称略/次回は元首相・橋本龍太郎)

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【著者】=早大卒。永田町取材50年のベテラン政治評論家。抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書に『愛蔵版 角栄一代』(セブン&アイ出版)、『高度経済成長に挑んだ男たち』(ビジネス社)、『21世紀リーダー候補の真贋』(読売新聞社)など多数。

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