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スポーツ 2019年05月13日 11時00分
訃報・試合中に逝去… 世界で活躍したシルバー・キングさんが51歳の若さで
世界最大のプロレス団体WWEは日本時間12日午前、メキシコのレジェンドレスラーの一人であるシルバー・キングさんの訃報をSNSで発信した。キングさんはWWEマットへの参戦はなかったが、WWEが買収したWCWマットには上がっており、「元WCWのスター」として紹介し、シェイン・マクマホン、マイケル・ヘイズ、ウィリアム・リーガルら関係者が哀悼のコメントを発信している。 日本では、みちのくプロレスが「シルバーキングさんがお亡くなりになりました。11日ロンドンのフベントゥゲレーラとの試合中に心筋梗塞を起こしたとの報道。今年日本に来日して元気な姿を見せたばかり。ユニバーサルで一緒にツアーを廻れたことを誇りに思います。心よりお悔やみ申し上げます」とWWEより早くSNSで発信。ディック東郷、金本浩二、TAKAみちのく、さくらえみら多数のレスラー、関係者、ファンから追悼のコメントが発信され続けており、まだ収まる気配はない。 キングさんは、兄のドクトル・ワグナーJr.との兄弟タッグや、エル・テハノとのロス・カウボーイズとして、メキシコだけではなく、新日本プロレス、全日本プロレス、インディー団体など、日本のリングでも活躍。2001年には3代目ブラックタイガーとして新日本に来日しているが、ケンドー・カシンとのタッグは兄ワグナーJr.同様、息が合っていた。2008年には全日本に参戦し、中嶋勝彦から世界ジュニアヘビー級王座を奪取する実力派だ。 今年3月19日に東京・後楽園ホールで開催された『エストレージャ・フィエスタ』が最後の日本のリングとなってしまった。51歳という若すぎる死はとても悔やまれる。 合掌文・写真 / どら増田
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社会 2019年05月13日 07時00分
韓国・北朝鮮「同時崩壊」世界から見放された“厄介者”外交
4月25日、ロシアのウラジオストクで北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長と、ロシアのプーチン大統領による「露朝首脳会談」が行われた。会談時間は3時間以上に及び、その後のディナーまで含めると5時間もの長丁場となった。「金正恩氏は、2月の米朝首脳会談の決裂をふまえ、ロシアに対米交渉の後ろ盾の役割を担ってもらおうと考えていました。しかし、会談時間こそ長いものの、唯一の収穫は北朝鮮有事の際の“亡命ルートの確認”くらいです。金正恩氏の『助けて! プーチン』の哀願も空しく、袖にされています」(北朝鮮ウオッチャー) その4日後、朝鮮労働党の機関紙『労働新聞』は、「金(きん)はなくても暮らせるが、コメがなければ1日も生きられない」という正恩氏の発言を紹介し、食糧増産を強く推奨した。これは「金正恩はいなくても生きていけるが、コメがなくては生きていけない」とも解釈できる。こんなブラックジョークのような発言の掲載が許されるほど、北朝鮮は追い詰められているのだ。 ロシアに冷たくあしらわれた北朝鮮は、もはや最大の同盟国である中国に頼るしかないが、中国も米国と貿易戦争の真っ只中だ。「交渉は難航し、両国間の意見がまとまるのは、もうしばらく時間がかかりそうです。中国は今のタイミングで米国を刺激することは絶対に避けたい。当分の間は北朝鮮を表立って支援することはできないでしょう」(国際ジャーナリスト) 結局、中露に見捨てられた北朝鮮は、国連の制裁を前に日干しになるのを待つしかない。 一方、韓国も世界から見捨てられつつある。「4月11日に行われた米韓会談でトランプ大統領は、文在寅大統領を『鼻であしらった』といわれています。しかも、韓国政府は否定していますが、実際に2人がサシで話したのは、たったの2分でした。実質、門前払いされたのです」(同) もはや米国と対等な話し合いもできないほど落ちぶれた韓国は、経済面でもピンチを迎えている。 スマートフォンで世界シェア1位を誇る韓国の大企業「サムスン電子」が4月5日に発表した’19年1〜3月期の連結営業利益は、前年同期比60%減の6兆2300億ウォン(約6000億円)と、大幅な減益だったのである。「サムスン電子は、日本からスマホの製造装置である工作機械を輸入して、欧米や日本のデザイン、機能を模倣して安く組み立てる“コピペ・ビジネス”で大きくなりました。しかし、徴用工問題で日本企業の資産差し押さえが実行されれば、日本の報復措置として『工作機械の禁輸・輸出制限』が行われる可能性があります。もしそうなれば、サムスン電子は終わりです」 サムスン財閥が韓国GDPに占める割合は約2割と大きい。「韓国経済は“サムスン1本足打法”と揶揄されています。そのサムスン財閥の中核企業であるサムスン電子の業績が悪化するだけで、韓国経済は一気に困窮してしまうのです」(経済アナリスト) さらに、韓国の中堅財閥である「錦湖アシアナグループ」が、国内2位のアシアナ航空を売却すると4月15日に発表。実質的に、同財閥は解体されることになったのだ。「韓国経済は極端に財閥に依存しており、それ以外の企業の業績は微々たるものです。大財閥を補完していたクムホのような中堅財閥まで解体されれば、韓国経済はいよいよ終わりと言ってよいでしょう」(同) このため、国際ビジネス社会における“世界の韓国離れ”も急速に起きている。米資本の企業においては、すでに韓国からの事業撤退が始まり、さらに同様の動きが欧州や中国企業でも出始めているという。「蜜月関係だったドイツでも、10年前に頻発した公共工事受注に絡む贈収賄事件で複数の市長が逮捕された後、韓国企業は排除されていますし、フランスをはじめとする欧州企業でもパートナーシップを破棄する動きが加速しています。そればかりか中東やアフリカのマーケットからも韓国ビジネスの慣習、いわゆる安かろう悪かろう製品の押し売りやパクリ商法にノーが突き付けられています」(同) さらに、宗教の世界でも韓国排除の動きが加速しているようだ。「韓国では国民の3割がキリスト教徒とされ、文氏夫妻も敬虔なカトリック信者です。このため、世界のキリスト教社会においてそれなりの存在感を示してきたのですが、その立場が最近になって揺らいでいるのです」(韓国ウオッチャー) これは、昨年10月に文氏がバチカン(ローマ法王庁)を公式訪問した際、ローマ法王に訪朝を依頼したことが原因とされる。「訪朝依頼に対して、バチカン市国のみならず、多くのキリスト教国家から『ローマ法王の政治的利用だ!』との批判の声が上がり、韓国はキリスト教社会でも次々と味方を失っているのです。文氏は、北朝鮮問題に前のめりになるあまり、あらゆる場面で勇み足をやっている印象です」(同) それなのに、北朝鮮は韓国に対しても冷たい態度を取り、ミサイル発射を再開した。「正恩氏のソウル訪問」という計画も、南北両サイドで話題にすら上がらなくなっている。 世界から見放された韓国と北朝鮮の“同時崩壊”も、そう遠くはないのかもしれない。
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社会 2019年05月13日 06時00分
田中角栄「怒涛の戦後史」(1)父・田中角次(下)
新潟県柏崎の二田尋常高等小学校で「開びゃく以来の秀才」と言われた田中角栄は、旧制中学へ進めた能力がありながら、卒業と同時に同小学校高等科へと進んだ。競走馬2、3頭を連れ、各地の地方競馬を転々とする父・角次だったが、満足する勝ち鞍をあげられず、息子を中学へ進学させる資力がなかったのである。 しかし、角次は田中が高等小学校を卒業した際、なぜか「すぐ働け」とは言わなかった。卒業から10年ほど経って田中がその理由をたずねると、角次はこう答えたと述懐している。「自分はお前を中学にも大学にもやりたいと思っていた。しかし、事、志と違ってなかなか事業がうまくいかない。勝てそうな馬も、勝てない。心ならずも上級学校にやれなかったので、お前にすぐ働いてもらおうという気は、どうしても起きなかったのだ」(『私の履歴書』日本経済新聞社) 父親の目から見ても、息子の出来のよさには、惜しんであまりあるものがあったようだ。父親の無念ぶりも知れる。同級生の一人は、当時の田中の明敏ぶりをこう証言している。 「小学校1年から高等科2年での卒業までの8年間、ずっと組長だった。家畜商だった関係からか、近隣の家より先んじて新聞を取っていた。高等科のときだったか、角栄さんは『新聞を見ても難しいことばかりだが、広告を見るのも楽しいものだ。娑婆の移り変わりが分かるし面白い』と言っていた。時に、昭和5、6年ごろで、頭のいい角栄さんは、すでに田舎で都会のことを知るには新聞しかないと気付いていたようです。ほかの人たちとは、明らかに違っていた=要約」(『私の中の田中角栄』荒川才智・田中角栄記念館編) ここでは、昭和初期にして新聞を購読していた、角次の“進取の精神”が浮かび上がってくる。 結局、田中は高等科卒業後、中学の講義録を取り寄せて向学心を満足させる一方、救農土木工事の仕事についたりしたが、青雲の志やみ難く、上京することになる。昭和9年3月27日、15歳と10カ月の田中は、午前9時、柏崎駅から信越線回り上野行きの鈍行列車の人となったのだった。 夕方5時すぎ、田中は高崎駅で降りた。高崎競馬に来ていた角次と待ち合わせており、合流して一晩をすごした。久しぶりの父子水入らずの時間であった。このとき、角次は「弥彦山」という競走馬を連れていた。 一方、母・フメは田中が渡してくれた給料にビタ一文手をつけず、貯めておいた分を含めて85円、上京の時、田中に持たせたのだった。田中はこのうち50円を角次に差し出し、折りから群馬県桐生に嫁いでいた長姉にも、高崎駅へ見送りに来てくれた際に20円を渡した。残りは15円だったが、一応、上京後の仕事先は紹介されており、田中は夜学の授業料があればよしとしていたのだった。ここでは、田中の“なんとかなる精神”と自信がうかがえた。★「政治家は引き際が大事じゃ」 上京後の田中は苦学しながら職を転々とした揚げ句、土木建築業で成功、24歳時には立ち上げていた「田中土建工業」が、当年度の年間施工実績で全国50位以内にランクイン。やがて田中は強運と努力で衆院議員として国政に参画、戦後復興に次々と議員立法をつくり上げていくことは、すでに読者ご案内のところとなる。 昭和21(1946)年の初出馬では、父・角次も牛馬商仲間に、「オラのところのバカが選挙に出ると言っている。よろしく頼みます」などと頭を下げていたものだった。しかし、この初出馬は落選、翌年の衆院解散に再挑戦し、ここで田中は中選挙区〈新潟3区〉で12人中3位で当選を果たすことになる。このときの角次は、“大出世”の息子にご満悦の一方で、田中に「政治家は引き際が大事じゃ」など、クギもまた刺したのだった。 さらに角次は、田中が代議士の一方で、赤字で廃線寸前だった長岡鉄道を再建するため社長に就任した折りには、田中に「赤字会社の社長になる奴はバカだ」と言いつつも、豪雪でしばしストップして近隣住民を困らすことからの脱却を目指し、路線電化への期待を密かに息子に託したようであった。陰ながら、自分とは違う勢いのある息子の生き方に、拍手を送っていたということである。 その後、田中は郵政大臣、自民党政調会長、大蔵大臣と着実に出世の階段をのぼっていった。その蔵相3期目の昭和39年4月、角次は死去した。大柄で、若い頃は草相撲の大関を張った頑健な体も、老いとの闘いには勝てなかった。 時に、蔵相の田中は、IMF(国際通貨基金)の「八条国」移行、OECD(経済協力開発機構)への加盟問題など、わが国の開放経済体制移行への大仕事のさなかであった。父危篤の報に、急きょ新潟へかけつけたが、角次はすでに意識はなかった。「アニ(角栄)と、男同士の話がしたい」 それが、角次の田中に対する最後の言葉だったが、もとより田中は、直接、耳にすることはできなかった。 田中角栄にとって、父・角次とは何だったのか。角次は一時、養鯉業に手を出して失敗、その光景がまぶたに焼き付いていたのか、あの有名だった目白の田中邸の池でのニシキゴイ、そして“ヤマッ気”など、たしかに父親のDNAを受け継いだ部分はあったものの、田中の生きざまを決定づけたとは言えなかった。田中は、後年、こう言っていた。 「朝から晩までただ黙々と田畑で働いていた母の姿が、あくまでいまの私をつくったと思っている」と。(本文中敬称略/次号は母・フメ)***********************************************【著者】=早大卒。永田町取材49年のベテラン政治評論家。抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書に『愛蔵版 角栄一代』(セブン&アイ出版)、『高度経済成長に挑んだ男たち』(ビジネス社)、『21世紀リーダー候補の真贋』(読売新聞社)など多数。
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社会 2019年05月13日 06時00分
タイプ別・上司の“ベストな攻略法”! ポイントを押さえれば苦手な上司ともうまくいく?
仕事をスムーズに進める際に大切なのが職場の人間関係だ。特に上司と円滑なコミュニケーションが取れずに悩む人は少なくないのではないだろうか。上司の心をつかみ、“味方”に変えるにはどうすればいいのか。企業の研修では、「上司のタイプ」を分析・分類し、自分の企画やプロジェクトを上司に認めてもらう方法が注目を集めているようだ。 さまざまな企業が行っている「リーダーシップ研修」によると、上司は大きく”3タイプ”に分類されるという。 まずは「論理型」。いわゆる"デキる"タイプで、実績も十分で仕事を早くこなす能力にも長けており、自信もあるがゆえ、プライドも高い。主に課長クラスに多いといわれている。 論理型の上司に提案や企画をプレゼンする場合は、「根拠を数字とともに提示する」ことが大事。「論拠は数字」と考えるタイプが多いので、グラフなどを作成し一目で内容が把握できる資料が好まれるようだ。 また論理型の上司は、“自分が一番優れている”との思い込みが激しいタイプが多いためか、チームを作り、まとめ上げることをおっくうに感じることも多いという。まとめ役を買って出るとかわいがられることも。社内評価の高いこのタイプの上司に目をかけられると、出世の道が大きく開かれるメリットがあるといわれている。 次は「共感型」。日本人に多い"人の輪"を重んじるタイプの上司だ。温厚で人柄も良く、面倒見がいいことから“嫌われない”特性を持つ。部下のさまざまな意見を尊重し結果を出すスタイルで、主に係長クラスに多いといわれている。 共感型の上司には、「“これは絶対に成功させたい”と、気持ちを前面に出して」プレゼンしよう。こうすれば、親身になってアドバイスしてくれ、スムーズに仕事が進む傾向にあるようだ。数字よりも、“パッション”が伝わりやすいという。 また共感型の上司は、自分の意見を通すことが苦手なために、決定力に欠けリスクを嫌うことも特徴。“反対意見が少ない”ということが伝えられると、さらに企画が通りやすくなるようだ。職場で信頼の厚いこのタイプの上司に気に入られると、さまざまな役職の社員とのパイプができ、困ったときに助けてくれる存在が集まるメリットがあるといわれている。 最後は「ビジョン型」の上司。型破りな発想で成功したタイプで、いわゆる天才肌。群れることを嫌い、思い込んだら一直線に突き進みハイリスク・ハイリターンを好む。創業者などに多いタイプといわれている。 ビジョン型の上司に響くのは、「斬新で面白い企画・プレゼン」。データなどに頼るよりも、ざっくりでもいいのでイメージや斬新なアイデアを伝えることに重点を置くといいようだ。通常ならバカバカしいと思われるような案件でも、このタイプの上司の琴線に触れれば、一気に具現化する可能性もある。 またビジョン型の上司は、思い立ったらすぐ行動することが得意な反面、企画の手続きなど、細かい詰めの作業は苦手という一面を持つという。プロジェクトが進んだら、詰めのサポートを心がけると喜ばれるようだ。器量の大きなこのタイプに気に入られると、上司が成功した際に独立の話を持ちかけられるなど、パートナーとして重用されるメリットなどがあるという。 上司のタイプを理解しておけば、自分の希望や企画なども通りやすくなり、円滑な関係も構築できるだろう。まずは上司のタイプを見極めるべく"観察"から始めてみては。
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その他 2019年05月12日 23時30分
死ぬまで現役 下半身のツボ 50代からの「性相談」
「50代以上の男性は結構、性の悩みを1人で抱え込んでいることが多いんです」 こう語るのは、性カウンセラーの青山愛さんだ。 確かに我々の年代になると、プライドもあって、仲間に性の相談をすることも出来なくなるものだ。 青山さんの元には、そうした誰にも言えない悩みを抱えてやってくる中高年男性も少なくないという。 例えば、妻とのSEX。「54歳の男性は1年ぶりに奥様とSEXをしたところ、正常位を嫌がられて、バックでお願いされたそうです。よほど自分の顔を見たくないのか、という気持ちになられたそうです」 妻とのSEXレス解消に挑んだものの、なぜかバックのみを要求された…。「これは単に熟女の乙女心ですよ。女性だって、それなりの年齢になると自分の容姿に自信を持てず、ましてや喘いでいる顔なんて見られるのは恥ずかしくて仕方ない。だから、正常位ではなくバックを要求してきただけで、夫を嫌っているワケではありません。そもそも嫌いだったら、1年ぶりのSEXにも応じません」 男性の勝手なネガティブな思い込みにすぎないのだ。 しかし、こうした些細な悩みも1つずつ解決していくのが重要だという。「男性は繊細な生き物なんです。少しでも不安があると、それがストレスになって、勃起力の低下を招きます。勝手な思い込みであっても、それがEDの要因になることも少なくないんですね」 SEXに臨む前から不安に駆られてしまう男性もいたという。「51歳の男性は普段、スーツで仕事をしているせいで、デートの時に着る“オシャレな”服がないというんです。しかも、自分は服装のセンスがないから、私服を選ぶのも自信がないと…」 デート前からこのような心配を抱えていては、強いオスにはなれない。「私はいつも通り、スーツでデートに行けばいいとアドバイスしました。女性から見れば、男性のスーツ姿はいわば“戦闘服”。戦う男の印象が強いので、素敵と思うことが多いんです」 意外とコレ、知らない男性も多いのでは!?「変態的な性癖を隠し持っている男性も結構いますね。例えば、女性のお尻を叩いてみたいけど、今まで一度も経験がなくて、挑戦する勇気もない、と」 確かに若い頃なら勢いで出来たアブノーマルなプレイも、年齢とともに楽しめなくなるものだ。「1番イイのは、2度目のSEXの時、打ち明けるんです。最初からお尻を叩きたいと告白してしまうとソレ目的と思われますからね。でも2度目の時に『実はこういう性癖があって…』と話せば、女性もイヤな気持ちにならないんですむんです」 言葉責めに関する悩みも多いという。「今の50代以上の男性って結構シャイで、ベッドでイヤらしい言葉を囁くのが恥ずかしいみたい。まずは“ベッドで声を出す”ことに慣れることから始めてみましょう。要は男性も喘ぎ声を出すようにすれば、次第に羞恥心が薄れて、言葉責めも出来るようになるんですよね」 何歳になってもSEXを楽しむためには、1人で悩みを抱え込まず、誰かにアドバイスを求めることだ。**************************************青山愛…性カウンセラーとして、EDなど、あらゆるアブノーマルな性癖を持つ人たちの相談に乗る。また、SMと催眠術を組み合わせた「SM催眠」を行うデリバリーヘルス『青山リラク』の経営者でもある。
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ミステリー 2019年05月12日 23時00分
木曽義仲の使った火牛の計は嘘だった?
源平合戦には、多くの魅力的な合戦シーンがあった。那須与一の扇を射抜くシーンや、壇ノ浦で義経が見せた八艘(はっそう)飛びなど、今でも多くの人が思い浮かべられるシーンは多い。中でもインパクトが大きいものは、倶利伽羅(くりから)峠の「火牛の計」だろう。 『源平盛衰記』にも描かれているこのシーンは、倶利伽羅峠で源義仲が、5万の軍勢で約10万と、数で勝る平家討伐軍を打ち破った。その勝利の背景には「牛の角に松明(たいまつ)をつけて敵中に向けて放つ」という「火牛の計」という策が存在したというものだ。 『源平盛衰記』には以下のように書かれている。 「牛四五百疋取り集て、角に続松結付て、夜の深るをぞ相待ける。……時を合せよとて、四五百頭の牛の角に松明を燃して平家の陣に追入つゝ」 400〜500頭もの牛が、夜の闇を切り裂いて敵陣に突っ込む。しかも、どの牛の角にも松明が燃え盛っている…なんともダイナミックな戦闘シーンだ。 しかし残念ながらと言うべきか、当然と言うべきか、この「火牛の計」は創作である可能性が高いと言われている。 牛は臆病な動物であり、非常に目も悪い。頭に火を近づけられると動けなくなるか、混乱して暴れてしまうというのだ。400〜500頭もの牛に松明をつけるだけでも相当時間がかかるのに、牛がおびえて暴れてしまっては自陣が混乱に陥るだけ。作戦どころではなくなってしまう。 また当時、牛馬は物資運搬に用いることができる貴重な軍事資源の一つでもあった。そんな牛を大量に無駄遣いするような策を、当時の戦況でやすやすと実行できるわけがない。 現在、この「火牛の計」は、中国戦国時代に斉国の武将・田単(でんたん)が用いた「火牛の計」のエピソードを下敷きにし、後世になって追加・脚色されたものであろうと考えられている。田単の「火牛の計」は、角に剣、尾に松明をくくりつけた牛を敵陣に放つというもので、突進する牛の角の剣が敵兵を次々に刺し、尾の炎が敵陣に燃え移って大火災を起こすという、火計にアレンジを加えたものである。 この場合、牛は火を目にしてもおびえることはないし、尾の炎も策を仕掛ける直前につければ自軍に影響が出ることもない。また、文字通り尻に火がついた牛が敵陣に向けて真っすぐ走っていくというのも、考えられなくはない。もっともこの策も、牛を使いすぎると失敗する場合もある。自軍への被害の方が大きくなる可能性があるので、実際は小規模なものだったとみられている。 そもそも敵の虚をつき、攻め込むきっかけを作り、自軍に有利に戦局を動かすことができれば策としては十分に成功と言えるだろう。実際の策や計略においては、ドラマチックさやダイナミックさは二の次と考えた方がいいのかもしれない。(山口敏太郎)
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社会 2019年05月12日 22時30分
「大切な話が…」 相談の直前に刺殺された16歳少女の謎【未解決事件ファイル】
「とても大切な話がある」。事件の直前、友人に相談を持ち掛けていた少女が、地下道で刺殺された事件がある。 2000年1月20日午前3時50分頃、広島県広島市中区西白鳥町にある地下道で当時16歳の少女Aさん(仮名)が血を流して倒れているのを通行人が発見。救急車で搬送されたが、約1時間後に出血多量のため死亡した。 凶器は刃渡り10cmほどの刃物とみられているが、現在も見つかっていない。Aさんの着衣に乱れはなく、財布の中の現金も残されていた。当初は、通り魔か怨恨による犯行ではないかとみられていたが、目撃証言も物証となるような遺留品も現在まで発見されていない。 Aさんは、前日の1月19日の夜から1月20日の午前3時頃までJR広島駅付近の繁華街で友人と遊んでいた。午前3時15分頃になると、1人でタクシーに乗り、自宅付近へと向かった。Aさんは自宅から50mほどの場所にある事件のあった地下道付近でタクシーから降車。地下道を通って、降車位置とは反対側にあるコンビニエンスストアに向かった。 コンビニエンスストアの防犯カメラには午前3時半頃までAさんが滞在している姿が映っているのが確認されており、特に変わった様子はなかった。これがAさんが生存している姿を映した最後の映像になる。 その後、コンビニエンスストアを出て再度地下道を通った時にAさんは襲われたものとみられている。犯人に襲われた直後、偶然にも友人がAさんに電話をかけており、Aさんは「痛い、血が止まらない」と口にした。しかし、友人が「どうしたの?」と聞いたとたんに電話は切られてしまい、Aさんの口から何が起きたのか語られることはなかった。 Aさんは事件直前、友人に「とても大事なこと」の相談を持ち掛けていた。近いうちに話すからアドバイスしてほしいと友人に依頼していたのだが、相談の内容は明かされないまま被害に遭ってしまった。 また、事件から2年後の2003年1月にAさんの養母が詐欺事件で逮捕されたと産経新聞が報じた。養母の夫が1999年3月に亡くなった時、養母とAさんは別居していたにもかかわらず、Aさんを養育していると民生委員をだまして遺族基礎年金を受け取っていたようだ。なお、養母がAさんの死亡に関係しているとの報道はなく、事件解明の糸口はつかめていない。 Aさんは1999年3月時点で養母のもとを離れ、事件に遭った2000年1月20日まで広島県中区にある祖母宅で実の祖母と2人暮らしをしていた。学校には通わず、アルバイトとして働いていたという。 複雑な家庭環境の中で、Aさんが抱えていた悩みは何だったのだろうか。また、Aさんはなぜ犯人に狙われたのか、2019年になっても事件解明には至っていない。
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レジャー 2019年05月12日 22時00分
本当にあった怖い彼氏〜彼が集める透明な液体の正体〜
坂野千鶴(仮名・27歳) 彼は夜の行為の際、私が上に乗るスタイルを求めてきます。そしてその状態で、いつも唾を顔に垂らすようお願いしてくるんです。最初はそんなこと要求されなかったんですけど、交際期間が長くなるにつれ、いつしかそのプレイが当たり前になりました。私はそんな趣味はないので、いつもこっちが相手の顔に垂らすだけという感じです。彼の口の中に垂らすだけでなく、顔全体に垂らされるのも好きみたいでした。どうやら唾の匂いが好きだったようです。なので、相手の鼻を直接舐めることもありました。 しかし、そのうち、彼が唾を求めてくるのは、ベッドの上だけではなくなりました。ある日のデート中、喉が渇いたというので「カフェでも入る?」と聞くと、「唾飲みたい」と。それで物陰に隠れて、舌を出す彼に私が唾を垂らすというようなこともしていました。 でも、そこまでなら我慢できたのですが、少し怖くなったのは、彼の家で唾コレクションを発見した時。彼の部屋のベッドの下に、箱があり、何気なく開けると手のひらサイズのプラスチックの入れ物が大量にありました。中には透明の液体が入っており、一目で唾だとわかりましたね。私が入れた覚えはないので、別の人のものだと思います。浮気相手がいるのか、ネットで買っているのかわかりませんが、そこまで唾に執着があるのは怖いですし、それをもし彼が飲んでいるとしたら最悪です。なので、最近は彼とキスをするのも気持ち悪くなってきました。 写真・Andrew Campbell Photography
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社会 2019年05月12日 22時00分
畠山鈴香〜秋田児童連続殺害事件
2006年4月9日、秋田県で小学4年生の少女(当時9歳)が行方不明となり、3日後に自宅から10キロ離れた川の下流で遺体となって発見された。その約1カ月後の5月17日、同じ町内に住む小学1年生の男児(7歳)がいなくなり、翌日、市道脇で遺体で見つかった。今度は首に絞められたような跡があることから警察は殺人事件として捜査を開始した。 そして6月5日、捜査本部は水死した少女の母親である畠山鈴香(33歳)を逮捕した。家宅捜索で鈴香の自宅から男児の血痕等が見つかり、鈴香が犯行を自供。さらに7月には自分の娘も殺害したことを認めた。 裁判で鈴香は、犯行の動機を「娘とどう接してよいかわからず、連れ出して橋の欄干から突き落とした。娘が天国で寂しくないように、日頃から仲良くしていた男児を呼び寄せ、自宅でロープで絞め殺した」などと話した。 2008年3月、秋田地裁は鈴香に無期懲役の判決を下し、09年5月に鈴香の無期が確定した。
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芸能 2019年05月12日 21時30分
勝新太郎と黒澤明の“世紀の大ゲンカ”【有名人マジギレ事件簿】
5月3日のバラエティ番組『ダウンタウンなう』(フジテレビ系)にて、今年3月に亡くなったショーケンこと萩原健一さんがゲスト出演した回の未公開シーンが放送された。その中で萩原さんは、黒澤明監督の映画「影武者」に出演した際の裏話を明かし、注目を集めている。 映画「影武者」といえば当時、半年にもわたる出演者全員参加のリハーサルが行われたものの、主役に起用された勝新太郎が突然の降板。原因は勝と監督の衝突にあると言われ、日本を代表する映画監督と俳優に生じたその亀裂は、業界でタブー視されてきた。そこで番組出演者は、渦中にいた萩原さんに、その真相を直撃したのである。 この件について、萩原さんは「あれは正直言って勝さんが悪いね」と発言。これを聞いた松本人志は「勝さんが現場でホームビデオを勝手に回していたのを、黒澤さんが『何を撮ってるんだ?』ってことで揉めたっていう…』と世間で囁かれる噂をぶつけると、萩原さんは「予兆みたいなのは感じたよね。あ、ヤバいよ」と当時の空気を明かした。 萩原さんによると当時、監督と揉めて現場に来なくなった勝を、滞在先のホテルにまで説得に行ったそう。しかし、勝は「(武田)信玄はわかるんだけど、影武者の演じ方はわからない」と拒否したそうで、萩原さんは「それは考えなくていいから出てこい! それは貴方が考えることじゃない!」と口論。しかし結局、勝は映画を降板となってしまったようだ。 また、2016年の『週刊新潮』(新潮社)に掲載された、黒澤監督の助手を長年務めた野上照代のインタビューによれば、リハーサルの時点から、勝はセリフをわざとそのまま言わないなど、何度も監督とぶつかっていたそう。そしてある日、椅子に座る監督に、勝がしゃがみこんで話していると、監督は「余計なことするんじゃない!」とブチギレ。これに勝も激怒し、カツラや衣装を脱ぎ捨て、ワゴン車に戻っていったそう。 その後、監督もワゴン車に乗り込むと、冷静に「勝くんがそうならやめてもらうしかない」と告げたそうで、これを聞いた勝は、監督に掴みかかろうとする大喧嘩に発展。これには近くにいたプロデューサーが、勝を羽交い締めにして必死に止めたという。 結局、監督と勝の亀裂は修復されず、代役は仲代達矢へと変更。しかし勝は、『影武者』に未練があったようで、色々な人に復帰できないか画策していたとのこと。また、完成した映画の試写会にもやって来て、「俺がやっていたらもっと面白かった」と語ったそうだ。本人は監督との喧嘩で、まさか本当に降板させられるとは思っていなかったのかもしれない。
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一発逆転! 仲町通のここが抜きどころ(6/8) 安田記念
2014年06月07日 17時59分
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芸能
川栄李奈、入山杏奈が総選挙開票イベントを欠席
2014年06月07日 17時36分
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社会
菅元総理の愛人説もあった 赤坂韓国クラブの“女ボス”が集中摘発で廃業
2014年06月07日 16時00分
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芸能
週刊裏読み芸能ニュース 6月1日から6月7日
2014年06月07日 15時40分
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芸能
セクハラ、ヤラセなんでもあり 『テラスハウス』に渦巻く欲望
2014年06月07日 14時00分
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芸能
プロフェッショナル 巧みの格言 伊南喜仁(演歌歌手) 「失われた日本人の魂を演歌で東北に届けたい」(2)
2014年06月07日 14時00分
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芸能
「タイタニック」超えを果たした「アナと雪の女王」を批判したお笑い芸人たち
2014年06月07日 12時00分
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スポーツ
CS進出チームの責任『伊原監督の途中休養の波紋』
2014年06月07日 11時45分
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スポーツ
野球新国際大会をめぐって遺恨勃発! 侍ジャパンを待ち受ける暗雲とは!?
2014年06月07日 11時00分
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社会
電力小売り自由化の安売競走で焦る東電の思惑
2014年06月07日 11時00分