山口敏太郎
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トレンド 2008年12月10日 15時00分
書評「ワーキングプア死亡宣告」巨椋修他著、晋遊社ブラック新書
福祉の世界では、決して表に出ない“隠語”ともいうべき言葉がある。 「母子家庭の子供は母子家庭になる。生活保護家庭の子供は生活保護を受けるようになる」 労働人口の25%にまで膨れ上がった働いても生きていけない人々「ワーキングプア」。この先進国ではびこる新しい種類の貧困について、3人の著者が若者たちの声を代弁する。 作家の巨椋修は「ワーキングプア」を恐るべき負の連鎖だとして警鐘を鳴らす。ロストジェネレーション世代として実体験を語るのは、フリーライターの犬山秋彦。妖怪研究家として本紙NMR(ナイガイミステリーリサーチ)でもおなじみ山口敏太郎による、大和魂からみた「ワーキングプア」問題も一読の価値あり。(税別720円)
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ミステリー 2008年12月02日 15時00分
明治神宮に怪人再来!!
かつて「ゴム人間」が出現したことで知られる明治神宮。同所に再び奇妙な“怪人”が現れた。まるで気体のような肉体を持つ「ガス人間」と呼ぶべき親子が目撃され、写真撮影されたのだ。都内有数のパワースポット、スピリチュアルスポットでの出現。正体を巡って、また物議をかもすことになりそうだ。 写真を撮影したのは、「ゴム人間」も撮影している女性、Nさんである。彼女は明治神宮を信奉している。撮影した日も明治神宮を散策していたところ、前方からガス状で半透明の親子が歩いてきたのだという。 「ゴム人間みたいに、もしかしたら写真に写るかもしれない!」 そう考えた彼女がシャッターを切ると、ガス状の親子の撮影に成功した。写真中央の下方、多くの人影のやや右側を注目してほしい。 人物はそれと分かるのに、霞がかかっているのが分かるだろう。親子が並んでいて、このふたりこそ「ガス人間」なのだ。 明治神宮は10月31日と11月1日の2日間、明治神宮御社殿復興50年の祭りとして、「アカリウム」が開催された。アカリウムとは17時30分から20時30分まで3時間のライトアップ行事。 このライトアップ期間を含む10月4日から11月24日まで、明治維新140周年を記念して宝物殿で「明治天皇と維新の群像」が開かれていた。 開催期間中は、明治維新で活躍した者たちの遺品が展示されていた。一説によると、遺品の持ち主である幕末に亡くなった霊たちがご威光に導かれて出現したのが、「ガス人間」ではないかとも言われている。 ホラー作家、山口敏太郎氏は次のように解説する。「この親子だけピンボケとは不可解ですね。明治神宮とは東京を守る霊的拠点のひとつ。幕末や大東亜戦争の英霊が眠る場所であるため、大きな磁場になっています。一部のスピリチュアル愛好家の間ではパワースポットとして有名なんです。そういう場所であるからこそ、異界の住人たちが訪れるのではないでしょうか」 「ガス人間」は、今回初めて登場した概念ではない。実は、1960年12月11日に公開された、東宝の特撮映画「ガス人間第一号」というものがある。特撮映画といっても、ヒーローが活躍したり怪獣が暴れまわったりするわけではない。 作品中に登場する「ガス人間」とは、違法な人体実験によってガスに変形できるようになった人間であった。この映画の設定に準ずるなら「ガス人間」は裏社会によって造られた人造人間である可能性もある。 さまざまな説が考えられる「ガス人間」が何者なのかは、まだ判明していない。しかし、「ガス人間」「ゴム人間」「UFO」などの不可思議な存在が出現する明治神宮は、異界からも崇拝される聖なるスピリチュアルスポットといえるだろう。
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ミステリー 2008年11月23日 15時00分
座敷童子 激写!!
体育座りする座敷童子(わらし)!! 福島県の老舗旅館で、ついに座敷童子が写真撮影された。存在する家や見た人に幸福をもたらすといわれてきた民話の世界の主役が確認されたことになる。ホラー作家の山口敏太郎氏が入手したもので、野外で撮影されるのは極めて珍しいという。撮影に至る顛末(てんまつ)までをリポートする。 座敷童子といえば、いまも実在が囁(ささや)かれている妖怪である。主に東北地方に多く伝承され、旧家に出没するといわれている。性別は男女両方あり、ほとんどが子供の姿形をしている。 座敷童子が出現する宿として、もっとも有名なのが岩手県・金田一温泉の旅館「緑風荘」である。座敷童子に会いたいという宿泊客が数年先まで予約しており、座敷童子が現れるとされる部屋には人形などたくさんの供え物が置かれている。 実際に、座敷童子の出る部屋に泊まって幸せになった人は多数存在する。なお、座敷童子が現れる宿は「緑風荘」だけではない。別項に挙げた旅館や民宿のほかに、岩手県遠野市の民宿「とおの」、民宿「曲り家」などでも遭遇することができるという。 例に挙げた宿はすべて岩手県だが、他県にも座敷童子の出る宿は存在する。NMRでは、福島県河沼郡の割烹旅館「松林閣」に出現するという情報を入手した。この宿の「吾妻五葉松の間」という部屋では、以前から「何かがいる」「何者かの気配を感じる」といった噂が流れていた。宿泊した人の中には、午前2時から午前4時ぐらいに光を目撃したり、オーブの写った写真を大量に撮影したりする者が続出。 さらに、この旅館に座敷童子が生息している証拠ともいえる写真が撮影された。それが上の写真である。写真中央の木の横で光る物体を良くご覧いただきたい。 足を抱えた座敷童子が木にもたれかかるようにして、池のほとりで座っているのが確認できるだろう。 その格好は、まるで体育座りをしているようで、いかにも子供っぽい。このように人間の姿をした座敷童子を写真に収めた例は極めて少ない。非常に貴重なワンショットである。 ホラー作家、山口敏太郎はこう言う。 「座敷童子はオーブ状態に変化して移動し、停止した時点で人型に変化している可能性もある。出現する部屋で写真を撮るとオーブが写るという現象があるのだが、おそらくオーブ状の座敷童子が走り回っているからであろう。このことから、人間の形状になった座敷童子の撮影は歴史的な快挙かもしれない」 また、基本的に家の中にいるとされる座敷童子であるが、写真に写っているものは野外に現れている。妖怪といえども、人間と同じように外でひとり佇(たたず)みたくなることがあるのだろう。なんとも人間っぽくて愛嬌のある座敷童子である。○ゆずも遭遇 「緑風荘」宿泊時に、座敷童子に出会った著名人には、ミュージシャンのゆずや松下グループ(現パナソニック)の創業者である松下幸之助氏らがいる。また、「緑風荘」の25代目当主は座敷童子に出会ったことで第2次世界大戦の徴兵から逃れている。「松林閣」の座敷童子も長くこの宿に在住し、多くの人に幸運をもたらすのではないか。○見ると幸せになれる?子供の妖怪 座敷童子は東北地方に多く伝承されている子供の姿形をした妖怪である。旧家に出没し、その姿を見た者は幸せになれるといわれている。逆に姿を消すと、その家が没落するともいわれており、幸福の象徴であるかもしれない。性別は男女両方。最近では、旧家より伝統旅館で目撃される例が多い。幸福の象徴ではあるが、力が強く大男が寝ている布団をそのまま動かし、北枕にしたり腕相撲で成人男性に勝ったりするなど悪戯(いたずら)も多い。また近年、座敷童子の出現する場所で写真撮影すると、オーブという半透明の物体が映り込んだりしている。オーブ状態に変化して移動し、停止した時点で人形(ヒトガタ)に変化している可能性もある。<座敷童子が出ると人気の旅館・民宿>岩手県・金田一温泉「緑風荘」、民宿「仙養舘」岩手県・盛岡市天神町「菅原別館」、民宿「わらべ」、民宿「御伽屋」山口敏太郎ブログ「妖怪王」 http://blog.goo.ne.jp/youkaiou/
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ミステリー 2008年11月23日 15時00分
東北最凶の心霊スポット 岩手県遠野の恐怖山伏屋敷に潜入
岩手県遠野市恩徳の山中に山伏屋敷という廃墟がある。同所は、知る人ぞ知る東北最凶の心霊スポットであるという。幕末のころ、この屋敷を訪れたふたりの山伏が懐の砂金目当てに殺害され、敷地内に埋められているという伝説が残されているのだ。 あくまで単なる伝説に過ぎないのだが、勝手に障子が開く、物品がひとりで動くなど奇妙な現象が続き、昭和40年代末期には、この屋敷の住民たちも町に下りてしまった。かの昭和最強の霊能者・宜保愛子ですら、TBSの番組取材でこの山伏屋敷付近に近づいた時、あまりの異常な霊気に入ることはおろか、近づくことすらも拒否したと言われている。 元々、俳優の竹中直人がこの屋敷に泊まり、心霊体験をするという企画であったが、宜保愛子に猛反対され、急きょ撮影場所が変更されたという。その後も、山伏屋敷は心霊スポットとして近隣住民の間で多くの噂が囁かれた。こんな事件もあった。屋敷の近くで道路工事を行っていた。町までは遠いため作業員は、この屋敷を飯場にすることにした。幽霊の噂は聞いていたが、屈強な作業員だけに、それぐらいでは驚かない。 親方を中心に、夜遅くまで酒盛りをしていると親方が奇妙な足音を聞いた。「おや、誰かいるのか?」と思い部屋の周りを見回したのだが、誰もいない。さしもの親方も気味が悪くなり、作業員たちに寝るように促した。彼らが寝静まったころ、親方はこちらに近づいてくる足音が聞こえた。 部屋中、いや屋敷中に響き渡る謎の足音。怪異はそれだけでは終わらない。急に作業員のひとりがうめき声を上げ始め絶叫したのだ。「誰かが俺の首を絞めてる!!」。だが、その時、彼の周りには誰もいない。それだけではない。全員が次から次に首を絞められたのだ。よだれをたらしたまま気絶する者、手を振り回して必死に逃れようとする者。そして、あまりの恐怖から、作業員たちは一目散に屋敷から逃げ出したのだという。 ほかにも民宿・御伽屋のご主人S氏が20年前に友人たちとこの屋敷に泊まった時は、障子が勝手に開いたり、家全体がまるで地震のように揺れたりする怪現象が起きている。まさに遠野の現在進行形の伝説なのだ。 この東北最凶の心霊スポットである山伏屋敷に、カメラが潜入した。ホラー作家である私のドキュメントDVD「山口敏太郎Bファイルシリーズ」の取材で、この屋敷にカメラが迫ったのだ。 私は、友人の怪談師・ファンキー中村やスタッフを連れて果敢にルポを試みたのだが、現地では怪異に遭遇している。霊たちの干渉であろうか。ポラロイドカメラが3枚撮影した時点で謎の故障を起こし、ビデオのバッテリーが使えなくなったのだ。これも、原因は分からなかった。しかも、撮影したビデオや写真の中にはさまざまなものが写り込んでいた。 不鮮明な霊が多数写っていた上に、一般の人間が見ても明らかなオーブや妖気らしきものが写り込んでいたのだ。霊感の強いファンキー中村はどうしても山伏屋敷に近寄れなかった。彼が言うには、屋敷の周囲に山伏の霊を核とした大勢の動物霊などが蠢(うごめ)いていたというのだ。途中で尋常ではない気配を察知した私が、早々に引き上げるように指示したため、今のところ共に行ったスタッフたちに霊障はない。 長い年月を経た今でも、殺された山伏の恨みは消えず、ドス黒い怨念はその場に残り続けているのであろうか。
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ミステリー 2008年11月10日 15時00分
UFOコンタクティーのカバァーロ氏が緊急来日! 宇宙人からの驚愕メッセージとは?
宇宙人からのメッセージを伝える者、イタリア人のマオリッツオ・カバァーロ氏が緊急来日した。カバァーロ氏にインタビューしたホラー作家・山口敏太郎氏がそのもようをリポート。カバァーロ氏は地球滅亡に関する宇宙人からの重大メッセージを山口氏に語っている。 マウリッツオ・カバァーロ氏とは、画家であるとともに地元の大学の人気講師でもある。それだけでなく、カットーリカ、マルセイユ、リヨンなどの国際会議での講演を行っていたり、ボリビア国立考古学協会やペントレ・アン・プロヴァンス協会など多くの研究機関のメンバーでもある。また、クラリオン哲学研究センターの創立者で、代表でもある。このように世界的に有名なカバァーロ氏であるが彼にはもう一つの顔がある。それが、UFOコンタクティーである。 1959年、カバァーロ氏が7歳の時に最初のコンタクトを体験した。この記憶はすぐに抹消されてしまうが、1981年に再びコンタクトを行うことになる。9月12日から13日の間、惑星クラリオンから訪れた宇宙人によって誘拐されるという形で。その際、神経ホログラムというものを通して、彼は時空を旅し、自分の子供時代を見つめ、また人類の過去と未来を目視した。さらに宇宙の生還バイオロジーの知識を得、地球から15万光年離れたクラリオン星人の母星にも訪れた。それからというもの、たびたび宇宙人からのコンタクトを受けるようになった。そして、宇宙人からの言葉を伝えていくようになる。 ホラー作家、山口敏太郎からのインタビューに答えるため、カバァーロ氏は東京の新宿にやって来た。彼は、優しく温かみのある笑顔でわれわれスタッフを迎えてくれた。 「宇宙人は、われわれのすぐそばにも存在する」。カバァーロ氏はそう言う。なんと宇宙人たちは人間に混ざって生活しているというのだ。そして、カバァーロ氏や山口のように、大衆に向けて自分たちの言葉を伝えてくれる者とコンタクトを取るのだという。 また、山口が「アトランティア」という雑誌を出版すると言うと、カバァーロ氏は面白そうな表情をした。カバァーロ氏もアトランティスという言葉を知っていた。しかし、彼のいうアトランティアとは古代に海に沈んだとされるアトランティス大陸ではなく、「文明の滅亡」を意味する言葉だという。そしてわれわれは今、アトランティスを迎えようとしていると語る。また、人々から恐れられている2012年に世界が滅亡するという説があるが、カバァーロ氏はそれを強く否定した。「確かに、その年に何かが起こる。しかし、それは人類の滅亡ではなく、次のステージへとグレードアップするための転機である。また、文明の滅亡というのは、次の文明へと移るためのものである」。 宇宙人たちは、われわれ地球人の行動をひどく心配しているという。環境汚染、核問題。このままでは、2012年ではなくとも近い未来地球は滅ぶことになるだろう。それを防ぐためにも、宇宙人たちとコンタクトし力を合わせなければならない。 映画のように地球人と宇宙人が共生するようになる時代が訪れるのも、そう遠くはないのかもしれない。(山口敏太郎)
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ミステリー 2008年10月20日 15時00分
NMR
ガチンコ怪談を語ることで有名な怪談師・ファンキー中村は、この夏、観光も兼ねて江ノ島を訪問した。上の写真を見てもらえば一目瞭然なのだが、くつろぐファンキー中村の左横に、地中から上体を起こして草を食べている亀が確認できる。しかし、不思議なことにこの亀は、後ろ足の方が地中に隠れ消えてしまっている。 ここまでしっかりと写っているため、まさか心霊写真ではないだろうと思ったファンキー中村は、宿泊したホテルの従業員に「このホテルでは、亀を飼っているのですか」と尋ねた。だが、ホテルの従業員からは「いえ、当ホテルでは亀は飼っておりません」との回答が返ってきた。これは不可解である。 釈然としないモノを感じていたファンキー中村は、休暇から帰ってくると友人である山口敏太郎に相談した。すると山口は、「この亀は江ノ島弁天を守護する霊亀(れいき)ではないでしょうか。ちなみに江ノ島弁天には、神様の使いである八方睨みの亀がいますよ」と回答した。 江ノ島と亀の繋がりはそれだけではない。誰もが知っている御伽草子「浦島太郎」に出てくる竜宮城があったのは江ノ島ではないかという説があるのだ。それを裏付けるかのような伝説が残っている。 その昔、江ノ島近郊の農村を荒らしている五頭龍(ごずりゅう)がいた。その龍を抑えるために使わされたのが、江島神社の弁天様である。弁天様は鎌倉の近海にある島に、亀に乗って降り立っているのだ。また今でも、江ノ島には、「亀」の石とされるものが多数存在する。 山口敏太郎の話を聞き、ファンキー中村は衝撃的な事実に気が付いた。なんと、宿泊したホテルの経営者が、弁天様を祀っている江島神社の宮司の関係者であったというのだ。前述したように江島神社には弁天様の眷属である八方睨みの霊亀がいると伝承されている。その神社の血縁者が経営するホテルに、江島神社の霊亀が出現しても不思議ではない。この写真は、ホテルを守護する霊亀が、たまたま写りこんだのではないか、という結論に至った。 亀というと、長寿の象徴であるとともに、守護や富の象徴であるとも言われている。その昔、中国では亀甲が占いに用いられていたことから、吉兆を告げるものともされている。この霊亀は、ホテル関係者や、写真撮影したファンキー中村に何かを伝えるため、現れたのかもしれない。
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ミステリー 2008年10月06日 15時00分
NMR ポニョ都市伝説、ポニョには宮崎駿のマル秘メッセージが含まれている!?
今年夏の大ヒット映画「崖の上のポニョ」。ご存じアニメ映画の巨匠、宮崎駿監督の最新作だが、この映画に込められたメッセージを山口敏太郎がオカルト作家の目線で読み解いた。 ポニョには、宮崎駿監督のあるメッセージが隠されている。そんなウワサを聞いた、オカルト作家・山口敏太郎は「崖の上のポニョ」を鑑賞した。感想は、率直に言っておもしろ過ぎる。まさに集大成の傑作である。さて、この作品に秘められた宮崎駿のメッセージとは何なのか。 まずポニョの父・フジモト。彼は人間を捨て、魔法を操る海の住人となった。フジモトは、ポニョが人間社会の醜い部分に染ることを嫌悪している。また、フジモトのキャラデザイン、乗り物、海中の家、全てが手塚治虫チックだ。つまり、このフジモトは宮崎監督の手塚治虫へのリスペクトの反映ではないだろうか。 よく考えてみると、陸上でのフジモトは消毒剤のポンプを担ぎ、海水を撒きながらやってくる。これは医者であった手塚治虫を意味しているのではないか。人間社会の醜さをなげき、魔法の力で、海が豊かであった時代を再現しようとするロマンチストの父・フジモトは、アニメという魔法に理想を求めた手塚ワールドの考えそのものである。 そのフジモトが作った結界を破り、外に飛び出たのがポニョであり、宮崎駿であった。宮崎駿は先人・手塚のようにロマンチックなものを魔法=アニメには求めなかった。「もののけ姫」や「千と千尋の神隠し」のようにリアルな人間の性(さが)を描写することも厭わなかった。宮崎駿、つまりポニョの偉大なる冒険であったのだ。 さらに、明らかに海を越えてやってくる白人と思えるポニョの母親は、ディズニーではないだろうか。フジモトの、妻に対する「あの人」という呼称には、明らかに憧れがこもっている。手塚治が生前、ディズニーに憧れを持っていたのは事実だし、ディズニーは人魚姫という作品をを制作している。 つまり、ポニョの父・フジモトは、手塚治虫であり、ポニョの母である人魚は、ディズニーなのだ。この2人から生まれたのがポニョ、つまり宮崎駿監督である。そして、この作品には、手塚とディズニーへのリスペクトと深い愛情が込められているのだ。どちらにしろ「崖の上のポニョ」は悪くない。まさに宮崎アニメの総決算ではないだろうか。直ちに見るべし、この映画に秘められたメッセージを読み取るのもひとつのミステリーなのだ。
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ミステリー 2008年09月18日 15時00分
Webテレビ番組から謎の声
先月8月16日に、スティッカムというWebテレビで放送された「怪談おやじ倶楽部」。入会条件は40歳以上。ファンキー中村を中心に何名かが集まり、怪談を語りつくす番組である。約5時間にも及ぶだけに、不思議な現象が起こらない方がかえっておかしい。この時も例に漏れず、霊現象は起こってしまった。 この時のメンバーはファンキー中村、結城伸夫、いたこ28号、巨椋修、山口敏太郎。彼らが午後11時から午前4時まで、ひたすら語り続けるというものであった。放送時は特に問題なく終わりを迎えた。問題は、その後である。 このスティッカムでの放送は録画することが可能であり、後日、スティッカムにある雲谷斎のページで公開された。番組に出演したメンバーたちもその動画を確認していたのだが、ファンキー中村があることに気が付いた。何と、自分達以外の声が番組内に入り込んでいるのだ。カメラやマイクの設置、その他サポートをするスタッフが数名いたのだが、どう考えても彼らの声ではない。その奇怪さは、映像を見ていただければお分かりになるであろう。 まず最初の声は、44分37秒。ファンキー中村がエクソシストの映画をしていた時である。突如、「コオオォォォォォォォ…」とこもったような声が耳に響いた。その声は例えるならば、悪魔の唸り。エクソシストの映画を見たことのある方なら、その声を聞いた時点で何かを思い出すかもしれない。そう、映画に出てくる悪魔に取り付かれた女の子の声とよく似ているのである。もう一つある。44分57秒くらいのところで、かなり小さいが声が聞こえる。 筆者も最初は全然分からなかったのであるが、聞こえた瞬間、悪寒が走った。何と、何の変哲もないところで、「とぉさん」と言う声が入り込んでいるのである。その時メンバー一同が爆笑しており、かなり聞こえづらいのだが確かに声は存在している。小さな男の子が発しているようなものであった。 これは映画とは関係ないのであるが、この映画の話の前に筆者・山口敏太郎が生き人形の話をしていたのだ。生き人形とは、稲川淳二氏の怪談で有名になった災いをもたらす人形のこと。男の子人形と女の子人形があり、人形に関する怪異現象について某テレビ局のスタジオで収録した際に少年の霊が出現したという。その後も、そのスタジオでは、番組を撮影していると出演者に子供はいないのに、男の子の声が入っていたり、機材置き場などで男の子の霊を見かけるなど怪しい事が多々あった。それ故、今もそのスタジオにはお札が貼られている。 筆者もその某テレビ局で収録があり、こっそりと例のスタジオの前まで行ったことがある。その際、生き人形伝説が今でも存在することを知って喜んでしまったのだ。そのためか夜、筆者の泊まっていたホテルに彼が現れ、関節のない手で手首をつかまれたのだ。その時に聞いた男の子の声と、今回聞いた声が似ているように思えてならない。彼がなぜ「父さん」と呟いたかは、未だに謎であるが。恐らく、映像という媒体を通じて、自分たちのことを話してくれるところに滲入してきたのであろう。それは憎しみか、喜びか。 いずれにせよ、彼らの声を聞いた者に災いが降りかからないことを願うばかりである。(写真=「怪談おやじ倶楽部」で怪談を語るファンキー中村氏)
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ミステリー 2008年05月28日 15時00分
特命! 日本ダービーを予想せよ! 馬の姓名判断、霊能犬の動物予知で大予想
オカルト作家の山口敏太郎は、占いの専門家であるあーりん女史にダービー予想をお願いすることにした。彼女は、生まれながら霊能力があるうえに、中国の風水や姓名判断に詳しい。しかし、電話をしながら筆者の気は重かった。霊能者や超能力者、占い師の方にこの手のギャンブル予想の話をするとたいがい拒否されてしまうことが多い。「当て物はやらない」というのが業界の常識だったのだ。ギャンブルや宝くじなど、単純な当て物をやったために占い師として、生命線が断たれる場合もあり、かなりリスキーな仕事なのだ。 だが、あーりん女史は違った。「おもしろいですね。馬の名前で姓名判断したうえで、やってみましょう!」と、あっさりひと言で了解してくれたのだ。感謝感激である。しかも、馬の名前で姓名判断をするというのだ。これは画期的である。馬の名前で、レースを予想するなど前代未聞である。 その仕事は早かった。依頼した翌日に馬の姓名判断が完了したのである。選んだ基準は「プロの仕事ができる画数の名を持った馬」「人気運の画数を持った馬」「他人を出し抜く運のある画数を持った馬」だという。ユニークな項目だが、確かにレースに強い馬を割り出すには、ベストである。 その予想順位は、本命がアドマイヤコマンド、ブラックシェルが対抗。ダークホースにクリスタルウイング、ディープスカイ、アグネススターチの3頭をあげたのだ。いかがであろうか、これが馬の姓名判断によるレース予想である。もちろん、購入は自己責任だが、ひとつのデータとしても興味深いであろう。 動物の予知能力はバカにならない。そのダービー診断だが、それは幾多の心霊取材に同行し、われわれ人間に見えない霊に対し威嚇し、戦ってきた山口敏太郎事務所の霊能犬・ココアに託してみた。 競馬予想犬は、過去に何匹もマスコミに出ているが、霊を感知できる犬は、有力な馬を察知できるのであろうか。予知方法は、簡単である。馬の名前を読み上げ、ココアが有力と感じる馬の名前の時にベロを出すというものである。 ココアに馬の名前を読み聞かせたところ、以下の馬に反応があった。リアクションが大きいものから有力馬としてあげてみよう。 それはアドマイヤコマンド、ブラックシェルの有力馬に加えて、意外や意外の伏兵レッツゴーキリシマ、メイショウクオリア、ショウナンアルバの5頭であった。 興味深いのは、アドマイヤコマンド、ブラックシェルの2頭が、あーりん女史の予想と一致している点である。果たして、姓名判断や動物予知を使った競馬予想の結果はいかに…。〈プロフィール〉 あーりん 中学校美術科教員として勤務の傍ら中国語を学び、香港、台湾を行き来して本場の香港風水事情を学ぶ。1997年日本易学協会風水講座修了。後、同講座上級過程修了。風水鑑定家として独立退職後、個人風水鑑定、風水セミナー、雑誌や企業WEB等の風水・心霊現象関連の記事執筆、コンテンツ原案を行っている。霊能風水師として香港風水と霊視鑑定の「神霊カウンセリングDx(催旺風水)」主催。http://www1.odn.ne.jp/cbb78440/
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ミステリー 2008年05月13日 15時00分
衝撃!! 羽田の鳥居の祟り事件はインチキだった!!
かつて羽田空港の駐車場に場違いな鳥居が立っていたのをご存じだろうか。空港建設のために神社を移転したが、鳥居を取り壊そうとする工事関係者が次々と原因不明の病や事故で倒れたため、鳥居だけ残ったのだ。1999年、結局、この鳥居は移転されたのだが、オカルト作家・山口敏太郎氏は、少なくとも99年の鳥居の移転にまつわる祟りの話は、実はデタラメだと断言する。 羽田空港の敷地に取り残された鳥居は、“祟る”と言われており、人々から畏怖されてきた。元々、この鳥居は江戸時代から続く地元の穴守神社の鳥居のひとつであったのだが、昭和20年にGHQが羽田を国際空港にするため敷地を買い取り、移転されることになった。そして、昭和20年に行われた移転作業中に不可解な事件が起こった。穴守稲荷の拝殿や他の鳥居は容易に倒されたのだが、問題の赤鳥居を倒す際、ロープをかけて倒そうとしたところ、ロープが切れ作業員たちに死傷者が出てしまった。また、鳥居に手をかけた日にかぎって、飛行機の機器に不良が起こるという異常事態が続いたのだ。 結局、赤鳥居は残されたまま、昭和29年に東京国際空港ターミナルビルが建設された。同時期には滑走路も拡張されたが、この工事中にも死傷者が続出した。また日本エアシステムでは昭和47年函館山で墜落事故が起こってから、毎月3日に会社幹部が、穴守稲荷に参拝するようになり、本社内どころか、整備場、旅客機、ヘリコプターなどに穴守稲荷のお札を貼るようになった。羽田・赤鳥居の祟りは近年まで続き、平成の移転に至ってようやく移動が完了できたというのだ。 確かにこの「羽田の鳥居」にまつわるうわさは昭和のある時期までは事実として語られていた。さらに、一部のムック本や怪談本では「平成の鳥居の移転のとき、作業を受け持った下請けの社長が死んだ」という話が語られているが、この話は事実ではない。平成の鳥居の移転はなんの祟りもなく終わったのだ。実話ではなく、流布話(=都市伝説)として、フォークロアの一環という見地から評価するなら問題はないが、少なくとも実話ではない。 実は筆者は若いころ、この移転作業を請け負った企業・日本通運の社員であった。筆者は移転当時、日本通運関東支店広域営業に主任として赴任していた。この業務は、ゼネコンの鹿島が受注し、日本通運本社重機建設部が鹿島からの依頼を受け、作業を行った。無責任な怪談話では、町のトビが請け負ったように言われているが、この作業は“建設工事”ではない。この作業は“重量物運搬作業”であり、運送業者が請け負う作業であって、そもそも職種が違う。日本通運のアンダー、つまり鹿島からみると孫請けで、玉掛け作業や、クレーンの誘導などでトビが入ることがあっても、トビ関連の企業が一式を請け負うことはない。間違ってもスーパーゼネコンと町の一企業との付き合いはありえない。また特殊な技術を必要とすることから、運送会社でも数社に限られてくる作業であった。 無論、筆者は当時から心霊・妖怪など不思議分野の研究に余念がなかった。故にこの工事にも注目していた。しかも、筆者の直属の上司であったG課長が現場に立ち会ったのだ。作業の翌日、G課長に詳しく聞いたのだが、風がやや強かったというだけで、何も呪いなどなかったというのだ。もちろん、鹿島から仕事を請け負った下請けである日本通運の社長が死んだという事実はない。少なくともこの怪談を、筆者は事実に基づいた怪談とは認めていない。 果たして、この怪談は誰が作り出したものであろうか?昭和に起きた羽田の鳥居にまつわる怪談が、死亡や祟りがなかった平成の移転工事さえも、怪談話に祭り上げてしまったのかもしれない。怪談や心霊スポットは、人々の無意識が生み出すものなのだ。〈プロフィール〉やまぐち びんたろう1966年7月20日、徳島県生まれ。96年学研ミステリーコンテストの優秀賞を妖怪進化論で受賞。以後ドリームスタープロジェクト小説部門、大石りくエッセー、坂本龍馬からの手紙など不思議分野、歴史分野、エッセー分野など各コンテストで11のタイトルを奪取し、プロに転向する。これまで30冊以上の単行本・ムックを刊行。各種オカルト単行本や小説を執筆している。
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ミステリー
特命! 日本ダービーを予想せよ! 馬の姓名判断、霊能犬の動物予知で大予想
2008年05月28日 15時00分
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2008年05月13日 15時00分
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グラビアアイドル疋田紗也がゴム人間に襲われた!!
2008年04月01日 15時00分
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船橋の神社で、狐の生首が出現!
2008年03月18日 15時00分
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東京にザシキワラシ出現!!
2008年02月19日 15時00分
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ミステリー
小さな侍幽霊 新宿に出現!
2008年02月05日 15時00分
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ミステリー
うずまき生物
2008年01月22日 18時18分