現代日本語において、「させていただきます」という表現は、ビジネスシーンから日常会話まで、非常に多岐にわたって耳にすることが増えました。丁寧さやへりくだりの気持ちを表す際に多用されるこの言葉ですが、その一方で「本当に正しい使い方なのか」「状況によっては不自然に聞こえないか」といった疑問や違和感を抱く人も少なくありません。丁寧さを意識するあまり、不適切な場面で使ってしまったり、かえって回りくどい印象を与えてしまったりするケースも指摘されています。
本記事では、「させていただきます」の本来の意味、敬語としての位置づけ、そして適切な使用場面と避けるべき誤用例について、具体的な例文を交えながら徹底的に解説します。また、よく混同されがちな「いたします」との違いや、多くの人が疑問に思う「なぜ『させていただきます』がダメだと言われるのか」といった点にも深く踏み込みます。この表現を正しく理解し、TPOに応じた使い分けをマスターすることで、より洗練されたコミュニケーションを実現し、信頼関係を築く一助となるでしょう。言葉のプロとして、自信を持ってこの「させていただきます」を使いこなすための知識とヒントを提供します。
させていただきます:正しい意味と使い方
日本語の敬語表現は非常に豊かで、相手への敬意や配慮を示す上で不可欠な要素です。その中でも「させていただきます」は、現代社会で特に広く用いられる表現の一つですが、その複雑な意味合いから誤解や誤用も生じやすいのが現状です。この表現の核心を理解することで、より的確で自然な日本語を話すことができるようになります。
「させていただきます」は正しい敬語?
結論から述べると、「させていただきます」は適切な状況下であれば、正しい敬語表現です。しかし、その使用には特定の条件があり、それらが満たされない場合には不自然な、あるいは不適切な表現となる可能性があります。この点が、多くの人がこの表現に対して疑問や違和感を抱く大きな理由となっています。
「させていただく」が謙譲語である理由
「させていただきます」という表現は、「動詞の連用形+使役の助動詞『せる/させる』+補助動詞『ていただく』」という構造で成り立っています。この構成の中で、敬語としての機能を担っているのは、主に「~ていただく」の部分です。
「いただく」は、「もらう」の謙譲語であり、自分が行う行為によって、相手から恩恵を受けるという意味合いを含みます。例えば、「教えていただく」は「教えてもらう」の謙譲語として、相手が教えてくれたことに対する敬意と感謝を示す表現です。
さらに、「~させて」という使役の形が入ることで、「自分がある行為をするにあたり、相手(または第三者)の許可を得て、その行為を行う」というニュアンスが加わります。つまり、「私が~するのを許していただき、そのおかげで~する」という、相手からの許可や、その行為によって自分が恩恵を受けるという二重の意味合いが内包されているのです。
この「相手の許可を得て、その結果自分に恩恵が生じる」という条件が満たされる場面で使われる場合、「させていただきます」は、自分の行為をへりくだって述べ、相手に敬意を示す謙譲語として機能します。例えば、「お話しさせていただきます」という場合、相手に話す機会を与えてもらい、その恩恵を受けて話す、という謙虚な気持ちが込められます。
しかし、この「許可」と「恩恵」の条件が満たされない状況で使われた場合、例えば、単に自分の行為を述べるだけなのに「させていただきます」を使ってしまうと、本来の意味から外れ、不自然な表現となってしまうのです。文化庁の『「敬語の指針」のポイント』においても、この表現の使用条件について言及されており、無条件に適用できる万能な敬語ではないことが示唆されています。
誤用しやすいケースと注意点
「させていただきます」が正しく使われるためには「相手の許可」と「自分がその行為によって恩恵を受ける」という二つの条件が揃うことが重要です。この条件が満たされない場面で安易に用いると、以下のような問題が生じ、誤用とみなされることがあります。
- 許可や恩恵がない場面での使用:
最も一般的な誤用例です。例えば、自分が一方的に行う行為や、相手の許可を必要としない事柄に対して「させていただきます」を使うと不自然です。- 誤用例: 「本日は雨が降らせていただきます。」(雨は自分の意志で降らせるものではなく、許可を得て行うことでもない)
- 誤用例: 「遅刻させていただきます。」(遅刻は許可を得てするものではなく、謝罪すべき行為。許可を求めていると捉えられると無責任な印象を与える)
- 適切な表現: 「本日は雨が降っております。」「遅刻いたします。申し訳ございません。」
- 責任逃れのように聞こえる場合:
自分の義務や責任を伴う行為に対して「させていただきます」を用いると、まるで「誰かにさせられた」かのように聞こえ、責任の所在を曖昧にする印象を与えることがあります。- 誤用例: 「契約内容を変更させていただきます。」(自分の判断や会社の決定で行うことなのに、許可を得てやっているかのように聞こえる)
- 適切な表現: 「契約内容を変更いたします。」「契約内容を変更させていただきます。」(ただし、相手からの依頼や相談を受け、その結果変更に至った場合など、相手の意向を汲んで変更するというニュアンスが明確な場合に限る)
- 過剰な丁寧さや回りくどさ:
丁寧さを意識しすぎるあまり、必要以上に「させていただきます」を多用すると、かえって慇懃無礼(いんぎんぶれい)に聞こえたり、会話や文章が冗長になったりすることがあります。- 誤用例: 「この資料についてご説明させていただきます。」(「ご説明いたします」で十分丁寧な場合)
- 適切な表現: 「この資料についてご説明いたします。」
特に、既に謙譲語が含まれている表現に重ねて「させていただきます」を用いると、不自然さが増します。
- 誤用例: 「拝見させていただきます。」(「拝見する」自体が「見る」の謙譲語なので、さらに「いただく」を重ねると過剰)
- 適切な表現: 「拝見いたします。」「拝見します。」
これらの点を踏まえ、「させていただきます」を使用する際には、その行為が「相手の許可を得て行われるものか」「その行為によって自分に恩恵があるか」を自問自答することが重要です。状況に応じて、「~します」「~いたします」「~させていただきます」を使い分ける柔軟性を持つことが、より洗練されたコミュニケーションにつながります。
「させていただきます」と「いたします」の違い
「させていただきます」と「いたします」は、どちらも自分の行為を丁寧に表現する際に用いられますが、その意味合いや使用される場面には明確な違いがあります。これらの違いを理解することは、適切な敬語表現を選ぶ上で非常に重要です。
意味合いの違いとは
「させていただきます」
この表現は、「相手(または第三者)の許可を得て、その行為を行う」という使役の意味と、「その行為を行うことで、自分が恩恵を受ける」という恩恵の意味が複合しています。
- 許可: 相手に許しを得て、その行為を行う、あるいは相手の意向や状況を考慮して行う、というニュアンス。
- 恩恵: その行為が自分にとって良い機会や学びとなる、あるいは相手に貢献できること自体を恩恵と捉える、といったニュアンス。
これらの条件が満たされる場合に最も自然で丁寧な表現となります。
「いたします」
こちらは、動詞「する」の謙譲語(丁重語)「いたす」に丁寧語「ます」がついた形です。自分の動作や行為をへりくだって述べることで、相手に敬意を示す表現であり、許可や恩恵といった特定の意味合いは含まれません。
単に「~します」をより丁寧に言いたい場合に広く用いられます。
どのような場面で使い分けるか
両者の意味合いの違いを踏まえると、以下のように使い分けることができます。
表現 | 意味合い | 適した場面 | 不適切な場面例 |
---|---|---|---|
させていただきます | 相手の許可を得て行う、または、その行為によって自分が恩恵を受ける | ・相手に許しを請い、行為を行う場合 例:ご承認いただけましたので、着手させていただきます。 ・相手の便宜を図り、その機会を得たことへの感謝を示す場合 例:お客様のために、私がご案内させていただきます。 ・特定の目的や理由があり、相手に理解を求める場合 例:システムメンテナンスのため、一時サービスを停止させていただきます。 |
・許可や恩恵の概念がない一方的な事柄 例:明日は晴れさせていただきます。(天候は自分の意思で変えられない) ・自分の義務や責任を伴う行為で、責任回避のように聞こえる場合 例:この件は、一旦保留させていただきます。(単に保留するなら「保留いたします」でよい) |
いたします | 自分の行動を丁寧に述べる(「する」の謙譲語/丁重語) | ・一般的な行動や事実の報告 例:資料を作成いたします。 ・依頼への返答や確約 例:すぐに対応いたします。 ・広範なビジネスシーンや丁寧な日常会話 例:後ほどご連絡いたします。 |
特になし。ただし、「~させてください」などの強い依頼や許可のニュアンスを込めたい場面では、「させていただきます」の方が適切となる場合がある。 |
具体的な使い分けの例:
- 資料を送る場合
- 「資料をお送りいたします。」:単に資料を送るという行為を丁寧に伝えています。相手に資料を送ることは、通常、許可を求める行為ではありません。
- 「ご要望に応じて、資料をお送りさせていただきます。」:相手からの要望があり、それに応えて資料を送るという行為に対して、相手への配慮や、要望に応えられることへの感謝のニュアンスが含まれます。この場合、「相手からの要望」という「許可」や「恩恵」の要素があるため、適切です。
- 会議に参加する場合
- 「会議に参加いたします。」:単に会議に出席することを丁寧に伝えています。
- 「ご多忙のところ恐縮ですが、会議に参加させていただきます。」:相手の忙しさを気遣いつつも、自分が参加する許可を得て、その機会を得ることへの感謝を示しています。この場合、参加が許可制であったり、参加することで自分も何らかの学びを得られるという恩恵があったりする状況が背景にあります。
このように、「させていただきます」は特定の意味合いを持つ、より限定的な状況で効果を発揮する表現です。一方、「いたします」は汎用性が高く、多くの場面で丁寧さを表現する際に利用できます。この使い分けを意識することで、より状況に即した、自然で洗練された日本語の敬語表現が可能になります。
「させていただきます」の正しい使い方・例文
「させていただきます」という表現は、前述の通り、「相手の許可を得て行う」または「その行為によって自分が恩恵を受ける」という二つの条件が満たされる場合に最も適切に機能します。この原則を理解し、具体的な例文を通して使い方を習得しましょう。
許可を得て行う場合
自分が何らかの行為を行う際に、相手からの明示的な許可、あるいは暗黙の了解や承認を得ている場合に「させていただきます」を用いると、相手への配慮や敬意を示すことができます。この場合、行為の主体は自分ですが、その行為を「させてもらう」という謙虚な姿勢が表れます。
- 例1:会議に参加させていただく場合
- 「明日のプロジェクト会議に、私も参加させていただきます。」
- 解説:会議への参加が許可されている、または参加を希望し、それが認められた状況で、謙虚な姿勢で参加を表明しています。相手に迷惑をかけずに参加することへの配慮が感じられます。
- 例2:資料を拝見させていただく場合
- 「お送りいただいた資料、早速拝見させていただきます。」
- 解説:相手が送ってくれた資料を「見る」行為について、それを許してもらった(提供してもらった)ことへの感謝と、これから注意深く見るという丁寧な態度を示しています。「拝見する」だけでも丁寧ですが、そこに許可のニュアンスを加えることで、より丁重な印象を与えます。
- 例3:席を外す場合
- 「恐れ入りますが、少々席を外させていただきます。」
- 解説:席を外すという自分の行動に対し、相手への断りや許可を求めるニュアンスを含んでいます。相手の時間を割くことへの配慮が感じられます。
- 例4:名前を変更する場合
- 「大変恐縮ですが、氏名を〇〇に変更させていただきます。」
- 解説:個人的な変更であっても、相手に影響を及ぼす可能性がある場合や、公的な手続きを伴う場合に、相手に理解や承認を求めるようなニュアンスで使われます。
恩恵を受けて行う場合
自分の行う行為が、結果として相手のためになったり、相手に貢献できたりする場合、その機会を与えられたこと自体を「恩恵」と捉えて「させていただきます」を用いることがあります。この場合、単に自分の行動を伝えるだけでなく、相手への感謝や、その機会を得たことへの光栄な気持ちが含まれます。
- 例1:ご案内させていただく場合
- 「本日は、私が会場までご案内させていただきます。」
- 解説:お客様を案内するという役割を与えられ、その機会を得たことへの感謝や、お客様に尽くせることへの光栄な気持ちが込められています。単に「ご案内いたします」よりも、一歩踏み込んだ丁寧さが表現されます。
- 例2:お荷物をお預かりさせていただく場合
- 「重いお荷物ですので、こちらでお預かりさせていただきます。」
- 解説:相手の荷物を預かるという行為を通じて、相手の助けになれることへの感謝や、その機会を与えられたことへの謙虚な姿勢が表れています。相手への奉仕の精神が感じられます。
- 例3:ご意見を参考にさせていただく場合
- 「貴重なご意見として、今後の企画の参考にさせていただきます。」
- 解説:相手から提供された意見を、自分が活用させてもらうことに対し、その恩恵を認識し感謝する気持ちが込められています。「参考にいたします」よりも、意見を真摯に受け止める姿勢が伝わります。
- 例4:挨拶をする場合
- 「本日は皆様にご挨拶させていただきます。」
- 解説:大勢の前で挨拶する機会を与えられたことへの感謝や、その機会を有効に活用したいという意欲が感じられます。
事実・情報として述べる場合
本来、「いたします」や「~です/~ます」で十分丁寧な場面でも、相手への配慮や、理解・承諾を求めるニュアンスを込めるために「させていただきます」が用いられることがあります。特に、相手にとって不都合な情報や、一方的な通告になる場合に、その決定への理解を促す目的で使われるケースが見られます。ただし、この使い方は誤用とされることも多く、慎重な判断が必要です。
- 例1:休業をお知らせする場合
- 「誠に恐縮ではございますが、本日は台風のため臨時休業させていただきます。」
- 解説:休業という利用者にとって不便な事実を伝える際に、一方的な通告ではなく、相手に状況を理解し、受け入れてもらうことを求めるニュアンスが含まれています。単に「休業いたします」よりも、やむを得ない事情への配慮を示すことができます。
- 例2:連絡を入れる場合
- 「後ほど、改めて担当者よりご連絡させていただきます。」
- 解説:相手からの連絡を待たせている状況などで、後から連絡する義務があることを伝える際に、相手に「(連絡を)させてもらう」という形で、一方的ではない、配慮の姿勢を示すことができます。
- 例3:サービスを終了する場合
- 「長らくご愛顧いただきました本サービスは、〇月〇日をもちまして終了させていただきます。」
- 解説:サービス終了という利用者にとって残念なニュースを伝える際に、一方的な決定ではなく、これまでの利用に感謝しつつ、終了せざるを得ない状況への理解を促すニュアンスを含みます。
- 例4:納期の確約をする場合
- 「ご心配をおかけしておりますが、納期は厳守させていただきます。」
- 解説:納期厳守は義務ですが、相手が不安を感じている状況で、その不安を解消するために、より丁寧かつ確実な姿勢を示す際に用いられることがあります。
これらの例文は、「させていただきます」が持つ「許可」や「恩恵」、そして「相手への配慮」といったニュアンスを理解する上で役立ちます。しかし、常に「なぜこの表現を選ぶのか」を自問自答し、状況や相手に応じて最適な表現を選択することが、円滑なコミュニケーションの鍵となります。
「させていただきます」のよくある質問(FAQ)
「させていただきます」は、その便利さから多用される一方で、多くの疑問や批判の声も聞かれる表現です。ここでは、この表現に関してよく寄せられる質問に答える形で、その複雑な側面をさらに深く掘り下げていきます。
「させていただきます」はなぜダメ?
「させていただきます」が「ダメ」だと言われる背景には、いくつかの理由があります。しかし、これは「常にダメ」ということではなく、不適切な状況での使用や過剰な使用が問題視される、というのが正確な理解です。
問題視される主な理由:
- 「許可」や「恩恵」の条件を満たさない誤用:
これが最大の理由です。前述の通り、「させていただきます」は「相手の許可を得て行う」かつ「その行為によって自分が恩恵を受ける」という二つの条件が揃って初めて適切に機能します。これらの条件が満たされない場面で使われると、本来の意味から逸脱し、聞く側に違和感を与えます。- 例1: 天候など、自分の意志でどうすることもできない事柄:
「明日は晴れさせていただきます。」のような表現は、自分が天気を操作できるかのような印象を与え、明らかに不自然です。 - 例2: 自分の義務や責任を伴う行為:
「業務を遂行させていただきます。」のように、当然行うべき業務に対して使うと、あたかも上司に無理やりさせられているかのような、責任回避のニュアンスに聞こえることがあります。 - 例3: 一方的な通知や決定:
「本サービスを終了させていただきます。」という表現は、サービス終了が事業者の決定であるにもかかわらず、ユーザーに「許可を得て終了する」かのような誤解を与える可能性があります。この場合、単に「終了いたします」の方が明確で適切です。
- 例1: 天候など、自分の意志でどうすることもできない事柄:
- 責任の所在が曖昧になる印象を与える:
「~させていただきます」は、行為の主体が「私」でありながら、その行為を「させてもらった」という受け身のニュアンスを含みます。これにより、自分の責任で行うべき事柄が、他者からの影響や指示によるもののように聞こえ、責任の所在が曖昧に感じられることがあります。特に、不都合な状況や失敗を報告する際に使われると、責任転嫁のように聞こえるリスクがあります。 - 過剰な丁寧さや冗長性:
丁寧さを意識しすぎるあまり、本来「~します」「~いたします」で十分な場面でも「させていただきます」を使ってしまうと、かえって回りくどく、くどい印象を与えます。特に、一文の中で何度もこの表現を繰り返すと、文章全体のリズムが悪くなり、読みにくさが増します。 - 慇懃無礼(いんぎんぶれい)に聞こえる可能性:
過剰な丁寧さは、時として「かえって失礼」な印象を与えることがあります。これは「慇懃無礼」と呼ばれ、表面上は丁寧でありながら、相手に不快感や不信感を与える状態を指します。「させていただきます」の不適切な多用も、この類に属する場合があります。
文化庁の『敬語の指針』においても、「『させていただく』は、自分側が行うことを、相手側または第三者側の行為や状況がきっかけとなって行い、そのことによって恩恵を受けるという事実や気持ちのある場合に用いられる」と明記されており、無条件な使用を推奨しているわけではありません。この表現を使う際は、常にその背後にある意味合いを理解し、状況に応じて慎重に判断することが求められます。
「頂く」と「いただく」の使い分け
日本語では、同じ読み方でも漢字で書くか、ひらがなで書くかで意味や役割が変わる言葉があります。「頂く/いただく」もその一つです。
- 「頂く」(漢字表記):
- 動詞としての「頂く」: 「もらう」「食べる」「飲む」の謙譲語として使われます。直接的な動作を表す場合です。
- 例:「部長から資料を頂く。」(もらう)
- 例:「美味しいお菓子を頂く。」(食べる)
- 例:「お茶を頂く。」(飲む)
- 名詞「いただき」: 山の頂上など、最も高い部分を指す場合に使われます。
- 例:「山の頂を目指す。」
- 動詞としての「頂く」: 「もらう」「食べる」「飲む」の謙譲語として使われます。直接的な動作を表す場合です。
- 「いただく」(ひらがな表記):
- 補助動詞としての「いただく」: 他の動詞の連用形に接続して、「~してもらう」の謙譲語として使われます。この場合、「~て」という接続助詞の後に置かれ、元の動詞の意味を補助する役割を果たします。
- 例:「ご承認いただく。」(承認してもらう)
- 例:「ご連絡いただく。」(連絡してもらう)
- 例:「お越しいただく。」(来てもらう)
- 「させていただきます」の「いただく」もこの補助動詞に該当するため、ひらがなで「させていただきます」と表記するのが適切です。
- 補助動詞としての「いただく」: 他の動詞の連用形に接続して、「~してもらう」の謙譲語として使われます。この場合、「~て」という接続助詞の後に置かれ、元の動詞の意味を補助する役割を果たします。
使い分けのポイント:
- 動作を直接表す場合は漢字「頂く」: 具体的な物を受け取ったり、食べたり飲んだりする場合。
- 他の動詞を補助する場合はひらがな「いただく」: 相手に何かをしてもらうことをへりくだって表現する場合。
新聞や公文書などでは、読みやすさを考慮して補助動詞はひらがなで表記するのが一般的です。したがって、「ご連絡させていただきます」のように、「させていただく」という表現を用いる場合は、ひらがなの「いただく」を使用するのが正しいとされています。
二重敬語にならないためには
二重敬語とは、同じ種類の敬語(例:尊敬語と尊敬語)を重ねて使うことで、文法的に誤りとなり、不自然で過剰な丁寧さとなる表現を指します。
例:「ご覧になられる」(「ご覧になる」も「~れる」も尊敬語)
「させていただきます」は「謙譲語Ⅱ(丁重語)+謙譲語」の組み合わせであるため、厳密には二重敬語にはあたらないとされています。
「お(ご)~する」という謙譲語に「~させていただく」を重ねた「お(ご)~させていただく」という形がこれに該当します。
- 例:「ご説明させていただきます」
- 「ご説明する」は「説明する」の謙譲語です。
- これに「~させていただきます」が加わるため、一見二重敬語に見えます。
- しかし、「ご説明する」が自分の行為をへりくだって相手に丁重に述べる敬語(謙譲語Ⅱ:丁重語)であり、「~させていただく」が「許可と恩恵」のニュアンスを持つ謙譲語(謙譲語I)であるため、異なる種類の謙譲語が組み合わさっていると解釈されます。
- 文化庁の『敬語の指針』でも、この組み合わせは「許容される場合がある」とされています。
しかし、注意が必要です。
たとえ文法的に二重敬語でなくても、以下のような場合は避けるべきです。
- 過剰な丁寧さや冗長性:
「ご説明させていただきます」は、多くの場合「ご説明いたします」で十分に丁寧であり、かつ簡潔です。「ご説明させていただきます」は、相手に説明の機会を与えてもらったことへの感謝や、説明の許可を得ていることを特に強調したい場合に限って使うべきでしょう。- 例:
- シンプルで適切な例:「ご説明いたします。」
- 状況によっては回りくどい例:「ご説明させていただきます。」
- 例:
- 不自然に聞こえる組み合わせ:
- 「拝見させていただきます」:
「拝見する」は「見る」の謙譲語であり、既に十分丁寧です。ここにさらに「~させていただきます」を重ねると、非常にくどく感じられます。この場合、「拝見いたします」または単に「拝見します」で十分です。 - 「ご査収させていただきます」:
「ご査収」は相手に「内容を確認して受け取る」ことを求める尊敬語です。これに「させていただきます」を組み合わせるのは、相手の行為に自分が「させてもらう」という形になり、文脈が合いません。これは明らかな誤用であり、本来は「ご査収ください」が適切です。 - 「お話させていただきます」:
「お話しする」で十分丁寧です。相手に「話す機会を与えてもらう」というニュアンスが特にない限り、「お話しいたします」の方が自然です。
- 「拝見させていただきます」:
二重敬語を避けるための具体的な対策:
- 簡潔さを心がける: 敬語は、単に丁寧であれば良いというものではありません。簡潔かつ的確に意味が伝わる表現を選ぶことが重要です。
- 「お(ご)~する」で十分か考える: 自分の行為をへりくだって伝える場合は、「お(ご)~する」「~いたします」でほとんどの場面がカバーできます。
- 「許可」と「恩恵」の条件を厳しくチェックする: 「させていただきます」を使用する前に、本当にこの二つの条件が満たされているか自問自答しましょう。
- 敬語の基本を理解する: 尊敬語、謙譲語(ⅠとⅡ)、丁寧語のそれぞれの役割と使い方を理解することで、過剰な敬語や誤用を避けることができます。
シーン | 避けるべき表現(不自然な二重敬語・過剰な丁寧さ) | 代替表現(より自然で適切な敬語) |
---|---|---|
説明する | ご説明させていただきます | ご説明いたします |
拝見する | 拝見させていただきます | 拝見いたします / 拝見します |
お話しする | お話させていただきます | お話しいたします / お話しします |
ご確認いただく | ご確認させていただきます | ご確認いただけますでしょうか / ご確認ください |
承諾する | ご承諾させていただきます | ご承諾いたします / 承知いたしました |
適切な敬語は、相手への敬意を示すと同時に、円滑なコミュニケーションを促進するものです。過剰な敬語はかえって不自然さや違和感を与えかねないため、常に「相手にどう伝わるか」を意識して表現を選ぶことが大切です。
「させていただきます」が多用される背景と社会的な影響
現代社会において「させていただきます」がこれほどまでに多用されるようになった背景には、いくつかの要因が考えられます。そして、その多用が言語表現全体に与える影響についても考察が必要です。
多用される背景:
- 丁寧さへの意識の高まり:
社会全体でサービス業の重要性が増し、顧客や取引先に対する「丁寧さ」がより一層求められるようになりました。この丁寧さを表現するための手段として、「させていただきます」が便利だと認識された側面があります。特に、自分の行為でありながら、相手に配慮しているという姿勢を示すのに適していると感じられやすいのです。 - 「失敗したくない」という心理:
ビジネスシーンでは、言葉遣い一つで相手に不快感を与えたり、無礼だと捉えられたりすることを恐れる傾向があります。「丁寧すぎて困ることはないだろう」という心理から、確実により丁寧な表現を選ぼうとする結果、「させていただきます」が安易に使われることがあります。 - 責任の回避・曖昧化の傾向:
一部では、自分の決定や行動に対する責任を、間接的に「許可を得て行っている」かのように見せることで、責任を回避したり、曖昧にしたりする意図で使われるケースも指摘されています。これは、本来の「許可」と「恩恵」の意味から逸脱した、誤用の一種です。 - 流行と模倣:
メディアや職場の先輩、上司など、周囲の人が多用しているのを見て、それが「正しい」「より丁寧な」言葉遣いだと認識し、無意識のうちに模倣する傾向も強いです。これにより、本来の意味を深く理解しないまま広範に普及した側面もあります。
社会的な影響:
- 言語感覚の曖昧化:
「させていただきます」の誤用や過剰な使用が常態化することで、本来の敬語のルールや、他の丁寧な表現との区別が曖昧になる可能性があります。これにより、日本語話者全体の言語感覚に影響を及ぼし、正しい敬語の習得が難しくなることも懸念されます。 - コミュニケーションの非効率化:
冗長な表現が増えることで、会話や文章が長くなり、情報伝達の効率が低下することがあります。特にビジネスメールなどでは、簡潔さが求められる場面も多く、過剰な「させていただきます」はかえって読みにくさを生じさせます。 - 違和感や不快感の増大:
言葉の本来の意味を理解している人にとっては、不適切な場面での「させていただきます」は違和感や不快感の原因となります。これが積み重なると、コミュニケーションの相手に対する印象が悪化し、信頼関係に影響を及ぼす可能性も否定できません。
文化庁は、このような「させていただきます」の多用傾向を把握し、その使用について「必ずしも適切ではない場合がある」と指摘しています。これは、この表現自体が「悪い」わけではなく、その使用が状況や文脈に合っているかどうかが重要であるというメッセージです。
言葉は生き物であり、時代とともに変化します。しかし、コミュニケーションを円滑に進めるための「道具」である以上、その表現が相手にどのように受け取られるか、誤解を生まないか、といった点を常に意識し、適切な言葉遣いを心がけることが、現代社会における重要なスキルと言えるでしょう。
敬語の種類と「させていただきます」の位置づけ
日本語の敬語は大きく分けて、尊敬語、謙譲語、丁寧語の三つに分類されます。それぞれの敬語が果たす役割を理解することで、「させていただきます」がどの分類に属し、どのような文脈で使われるべきかがより明確になります。
- 尊敬語: 相手(または第三者)を高めることで敬意を示す表現です。行為の主体は相手側です。
- 例: いらっしゃる(来る・行く)、おっしゃる(言う)、召し上がる(食べる・飲む)、ご覧になる(見る)
- 「~なさる」「お~になる」などの形もあります。
- 「先生は明日、いらっしゃいます。」
- 謙譲語: 自分(または身内)をへりくだることで、相手への敬意を示す表現です。行為の主体は自分側です。
謙譲語はさらに二つのタイプに分けられます。- 謙譲語Ⅰ(相手に向かう行為): 自分の行為が向かう相手(話し相手や第三者)を立てる表現です。
- 例: 伺う(行く・聞く)、申し上げる(言う)、差し上げる(与える)、拝見する(見る)
- 「私が先生に伺います。」
- 謙譲語Ⅱ(丁重語): 自分の行為を丁重に述べることで、聞き手に対する丁寧さを示す表現です。行為の主体は自分ですが、行為が向かう相手は特定されません。
- 例: 参る(行く・来る)、申す(言う)、いたす(する)、おる(いる)
- 「明日、参ります。」「私が担当いたします。」
- 謙譲語Ⅰ(相手に向かう行為): 自分の行為が向かう相手(話し相手や第三者)を立てる表現です。
- 丁寧語: 話し手から聞き手に対する丁寧さを示す表現です。言葉遣いを丁寧にすることで、相手への敬意や親愛の情を表します。
- 例: ~です、~ます、~ございます
- 「明日行きます。」「これは本です。」
「させていただきます」の位置づけ
「させていただきます」は、「する」の謙譲語である「いたす」と並んで、「謙譲語」に分類されます。しかし、その構造は「使役の助動詞『せる/させる』+補助動詞『ていただく』」であり、一般的な謙譲語Ⅰや謙譲語Ⅱとは異なる複雑な意味合いを含んでいます。
- 「~させる」という使役の要素により、行為が他者の許可や影響下にあることを示唆します。
- 「~ていただく」という補助動詞により、その行為をさせてもらうことで、自分が恩恵を受けているという謙虚な気持ちを表します。
このように、「させていただきます」は「自分をへりくだる」という謙譲語の基本的な機能を持ちながらも、「相手からの許可」と「自分への恩恵」という特定の条件が付帯する特殊な謙譲表現と言えます。この特殊性が、他のシンプルな謙譲語「いたします」との違いを生み出し、使い分けの難しさにつながっているのです。
したがって、この表現を使う際は、単に丁寧さを追求するだけでなく、文脈における「許可」や「恩恵」の有無を慎重に判断することが、その適切さを測る上で不可欠となります。
「させていただきます」と年齢層、世代間の認識ギャップ
「させていただきます」の使用頻度や、それに対する違和感の度合いには、世代間でのギャップが見られることがあります。特に若い世代においては、この表現を積極的に使用する傾向が強く、一方で年配の世代や、伝統的な日本語教育を受けてきた人々の間では、その多用や誤用に対して強い違和感を抱くことがあります。
若い世代での使用傾向:
- 丁寧さの強化: 若い世代は、より丁寧な言葉遣いを心がける傾向があり、その中で「させていただきます」が「最も丁寧な表現」として認識されていることがあります。特に、失敗や失礼を避けたいという心理が強く働き、安全策としてこの表現を選ぶことがあります。
- 模倣と普及: インターネットやSNSの普及により、特定の言葉遣いが急速に広まる傾向があります。ビジネスシーンやサービス業界で使われている表現が、それが適切かどうかに関わらず、手本として模倣されることで、世代全体に浸透していきます。
- 「許可」や「恩恵」の解釈の広がり: 本来の意味である「許可」や「恩恵」の解釈が、曖昧な形で広がり、自分の行動全てに対して「相手の理解を得て行っている」という広い意味で使われるようになっている可能性もあります。
年配世代・伝統的な視点からの違和感:
- 本来の意味からの逸脱: 伝統的な敬語の用法を重視する立場からは、「許可」や「恩恵」の条件を満たさない場面での使用は、明確な誤用として認識されます。
- 責任感の希薄化: 義務的な行為や自分の決定事項に対して「させていただきます」を用いることで、責任の所在が曖昧になり、主体性や責任感が希薄に聞こえるという批判があります。
- 冗長性・不自然さ: 簡潔で明瞭な表現を好む傾向があるため、不必要に「させていただきます」が繰り返されることに対して、回りくどく、不自然であると感じることがあります。
世代間の認識ギャップを埋めるために:
- 意識的な使い分け: どの世代と話すか、どのような場面で話すかを意識し、表現を使い分ける柔軟性を持つことが重要です。特に目上の人や、初対面の相手に対しては、より伝統的な敬語のルールに則った表現を選ぶ方が無難です。
- 「いたします」の再評価: 「いたします」は、許可や恩恵のニュアンスを含まず、自分の行為を丁寧に伝える汎用性の高い表現です。多くの場合、「させていただきます」の代わりとして適切に使用できます。この表現の有効性を再認識し、積極的に用いることが推奨されます。
- 意図の明確化: 「させていただきます」を使用する際は、なぜその表現を選んだのか、その背後にある「許可」や「恩恵」、あるいは「相手への配慮」の意図を明確に意識することが大切です。そうすることで、誤用を避け、相手に適切に意図を伝えることができます。
言葉は常に変化し続けるものであり、世代間の言葉の認識にギャップが生じるのは自然なことです。しかし、円滑なコミュニケーションのためには、相手がどのように受け止めるかを考慮し、状況に応じた適切な言葉遣いを心がける努力が不可欠です。
【まとめ】「させていただきます」を使いこなすために
「させていただきます」は、その複雑な意味合いゆえに、誤解や誤用が生じやすい敬語表現です。しかし、その正しい意味と使用条件を理解し、適切に使いこなすことができれば、非常に便利で効果的なコミュニケーションツールとなります。
本記事を通じて、「させていただきます」が本来持つ「相手からの許可を得て行為を行う」そして「その行為によって自分に恩恵を受ける」という二つの核となる意味をご理解いただけたでしょうか。これらの条件が満たされる場面では、相手への敬意と感謝、そして謙虚な姿勢を示すことができる、非常に丁寧な表現として機能します。
一方で、許可や恩恵の条件が満たされない場面で安易に多用すると、不自然さ、冗長性、ひいては責任回避や慇懃無礼な印象を与えかねません。特に、自分の義務や決定事項、あるいはコントロールできない事柄に対して使用することは避けるべきです。
また、「いたします」という表現との使い分けも重要です。「いたします」は、単に自分の行為をへりくだって丁寧に伝える汎用的な謙譲語であり、多くの場面で「させていただきます」の代替として適切に使用できます。簡潔かつ的確なコミュニケーションのためには、両者の意味合いの違いを理解し、状況に応じて適切な方を選択する柔軟性が求められます。
「させていただきます」を使いこなすための鍵は、以下の点を常に意識することです。
- 「許可」と「恩恵」の原則を問い直す: その行為は本当に相手の許可を得て行われるものか、また、その行為によって自分に何らかの恩恵があるのかを自問自答しましょう。
- 相手への配慮を最優先する: 自分の言葉が相手にどのように伝わるかを想像し、誤解を与えない、不快感を与えない表現を選ぶことを心がけましょう。
- 簡潔さを心がける: 丁寧さだけでなく、情報の伝達効率も重要です。必要以上に冗長な表現は避け、簡潔で分かりやすい言葉遣いを心がけましょう。
- 代替表現を検討する: 「~いたします」「~します」など、よりシンプルで適切な表現がないかを常に検討する習慣をつけましょう。
言葉は、人と人との関係性を築き、深めるための大切な道具です。安易な多用ではなく、意味を理解した上での「適切な」使用を心がけることで、あなたのコミュニケーションはより洗練され、相手からの信頼を勝ち取ることができるでしょう。
—
免責事項:
本記事は、「させていただきます」という日本語表現に関する一般的な情報提供を目的としています。言語表現は時代や状況、個人の解釈によって変化する場合があります。ここに記載されている内容は、あらゆる状況や文脈に適用されることを保証するものではなく、個別の言語使用に関する具体的なアドバイスを意図するものではありません。正確な情報提供に努めておりますが、情報の完全性、正確性、最新性を保証するものではありません。