【不朽の名作】膨大なエピソードをコンパクトに詰め込む絶妙さに注目「学校」
まにあっく 2016年11月12日 14時15分
1993年に公開された山田洋次監督作品の『学校』。日本アカデミー賞の最優秀作品賞をはじめ、数々の賞を受賞した作品で、現在ではおそらく小中学校の道徳の授業などでも使われているであろう同作の、あらすじをいまさら紹介しても仕方ないだろう。という訳でここでは、同作の作品構成の素晴らしさについてちょっと紹介したい。
この作品は、夜間中学校を舞台に、生徒が抱える挫折や苦境が描かれる。クラスの担任のクロちゃんこと、黒井先生は西田敏行が演じている。他のキャストは、中年になるまで文字が読めなかったイノさん(田中邦衛)、昼間は清掃会社に勤務し、不真面目だがムードメーカーのカズ(萩原聖人)、焼肉店を経営する在日コリアンのオモニ(新屋英子)、元不登校児のえり子(中江有里)、シンナーに手を出し一度心身共にボロボロとなったみどり(裕木奈江)など、夜間中学ということで年齢も価値観も様々な7人の生徒が揃う。
この7人と主人公クロちゃんのキャラクター性や魅力を、128分という限られた時間で、ひと通り描写しきっていることが、この作品の優れている点だ。その情報量は、普通は1クールのドラマでやりそうな容量だろう。では、そんな膨大な話をどうコンパクトに収めているかというと、前半のオムニバス形式の描写に秘密がある。
まず、同作では、卒業直前の授業の自身の事について書いた「作文」という形で、各キャラの独白から個別エピソードの紹介に入る。これは教師ドラマに当てはめると、メインキャラとなる問題児にスポットを当てた個別キャラ掘り下げ回と言える。普通ならば、過度な回想を詰め込むと、話が飛び飛びになってしまうのだが、同作では、「授業」の枠内で語られていることなので、1人の回想が終わると、クロちゃんとの会話が入るなどして連続性を確保しており、視聴する側に混乱を与えないようになっている。そして、各エピソード中にクロちゃんを登場させることにより、クロちゃんの人となりもわかる親切設計なのも注目だ。
回想で個別回を終了させた後、同作ではメインとなるエピソード、イノさんの病死を描く。実は個別の描写では、個々の問題を解決していないで終了させている回想もあるのだが、既に教師と生徒とのわだかまりは解けていることを、暗に証明しているシーンが大きく2つある。ひとつはクロちゃんに鼻毛切りを皆で買ってあげたとカズが言うシーンで、ここでクロちゃんが鼻毛ごと肉を切ってしまったので、以前通り手で抜いていると明かすと、全員が爆笑する。ここが生徒とのわだかまりが解けている証明となっている。もうひとつは、給食を皆で食べるシーンで、ここでは、クロちゃんと生徒たちがテーブルを並べて食事をしている。同じ食卓で食事をするほど気を許している仲ということがここで簡潔に描写される。「一緒に笑っている」「楽しく食事をとっている」と、少ない描写で、教師と生徒の距離が非常に近い事を、細かい部分に注目していなくても、こういったなんでもない日常描写を盛り込む事で、視聴者に強く印象づけているのだ。
後半部分を使って扱う、クロちゃんの生徒であるイノさんの死は、教師ドラマ『3年B組金八先生』の一期で当てはめれば「生徒の妊娠」。二期に当てはめれば「校内暴力」に当たるメインテーマを扱う部分だ。冒頭からイノさんは入院しており、本来ならばここで一から説明しなければならず、ダレる危険な状況になるのだが、同作はその部分も巧みな演出で最小限に抑えることに成功している。実は前半の個別の回想シーンで、名前は特に強調していないが、イノさんが登場している。
回想シーンでは、他の6人の生徒の他に、一緒に授業を受けている謎の人物がいるので、かなり印象に残る。後半のクロちゃんの回想シーンでようやくその人物がイノさんだと明らかになるが、既に他のシーンで見たことがあるので、意外とすんなりと「どんな人だったんだろう?」と興味を持てるようになっている。その後は、寅さんシリーズに代表される、山田監督作品らしい、笑いや人同士のちょっとした衝突を盛り込んだ、人情味あふれるエピソードが続くようになっており、イノさんの人生最後の数年間を追体験できる仕組みだ。正直恥ずかしいくらい手垢つき過ぎな展開で、ありふれたエピソードだ。しかし、寅さんなどで、毎年そういうベタベタの展開でお話を作ってきたスタッフが、絶妙にテンポやシーンを調整してイノさんのエピソードを構成しているので、もの凄い勢いで泣かせにくる。
そして、ラストのホームルームのシーンで、イノさんの死を受け「幸福」について話し合う場面、ここで普通の中学校と夜間中学の大きな違いが描写されることになる。しかも、わずかな受け答えで。カズに幸福について問われたクロちゃんは「俺には難しくてわからないな。皆で考えてみようか」と返すのだ。普通の教師モノならばここで説教臭くなったとしても、一応先生は人を導くポジションでもあるので、多少なりとも答えを用意しなければいけないが、同作では、全く用意していない。生徒と教師の立場を超えて、協力し合って答えをみつけていくのだ。そういった形を取るので、ただ生徒と教師という信頼関係以外にも、人と人との繋がりが、通常の中学校よりもさらに重要なことを強調するシーンとなるのだ。ちなみに、この生徒との深い関係性は、冒頭でクロちゃんが異動を固辞する理由を言葉で説明した部分の補足にもなっている。
これらの膨大なエピソードを詰め込んでおきながら、本作の作品上の時間経過としては、夜間中学の授業1日分でしかない。短時間にどうやって様々な人間関係や葛藤、挫折、悲劇、感動などなどの要素を作品に詰め込めばいいのか…。この作品はその模範解答のひとつと言えるだろう。もちろん、作品を観て面白いと感じるかは別問題だが。
(斎藤雅道=毎週土曜日に掲載)
- ピックアップ
-
空き缶のポイ捨てを子供に注意され激げした62歳男【キレる高齢者事件簿】
2019年12月11日 19時00分 [社会] -
『G線上のあなたと私』8歳差カップル、主人公の苦悩に共感 「めんどくさすぎ」の声も
2019年12月11日 18時00分 [芸能ニュース] -
亡くなったハラさん自宅前中継で炎上の『ミヤネ屋』、一切謝罪なし 宮根誠司への批判が激化
2019年12月11日 17時30分 [芸能ニュース] -
『まだ結婚できない男』、最後の20分が唐突すぎる? 最終回、作品ファンから非難殺到
2019年12月11日 16時48分 [芸能ニュース] -
ダレノガレ「イノシシを殺さないで」発言で炎上? 「都会人の発想」獣害問題に持論も批判の声相次ぐ
2019年12月11日 16時04分 [芸能ニュース] -
今夜放送『PRODUCE 101』、視聴者の応援合戦も過熱? 誹謗中傷で辞退した練習生も
2019年12月11日 14時00分 [芸能ニュース]
- まにあっく新着記事
-
松島基地航空祭、14年ぶりアメリカ空軍のF16デモフライトチームも登場
2019年09月08日 14時00分 -
名古屋の空にサクラ咲く 小牧基地オープンベース
2019年03月10日 14時00分 -
第一空挺団降下始め
2019年01月19日 07時00分 -
航空自衛隊百里基地で航空祭
2018年12月08日 14時00分 -
エアフェスタ浜松
2018年12月01日 06時30分 -
小松基地の「‘2018航空祭in KOMATSU」
2018年09月29日 15時15分
アクセスランキング
総合
お笑い
アイドル
- 1妊娠を発表した松本莉緒に批判?「同じ妊婦として恥ずかしい」の声も、...
- 2元『乃木坂46』日テレ・市来玲奈アナに囁かれる“早くも窓際”のウワサ
- 3沢尻容疑者の勾留期限に警視庁が出して来た“隠し球” 影響は芸能界全体に?
- 4沢尻容疑者の事務所、ジャニーズとは共演NGに? 片瀬那奈は先手を打って...
- 5「Jリーグアウォーズ」、とんねるず木梨らの失言にファン激怒 EXILE・AK...
- 6元AKB・西野未姫「ムラムラして」ベッドで男にとんでもない言葉 “性体験...
- 7美少女キャラ崩壊…橋本環奈、酒好き・ぶっちゃけキャラであの人と同じ道...
- 8エース候補だけでなく大きな収入源も失うことになったAKB48
- 9超絶ボディーで“キック界の神童”をすっかりKOしていた葉加瀬マイ
- 1サンドウィッチマン、ブレーク真っ最中に事務所移籍しても大成功した“い...
- 2“あるある探検隊”のレギュラー、現在は? 見かけなくなったワケと意外な...
- 3「笑ってはいけない」、視聴者期待の企画が実現せず 大きな原因はロンブ...
- 4完済は76歳? クズ芸人スズキを超える、かつみ・さゆり借金王伝説
- 5元AKB、アイドリングも出演! 謹慎復帰後のインパルス堤下、初プロデュ...
- 6TBSとダウンタウン、昔は険悪? 『クレイジージャーニー』で悪夢再来か
- 7整形をカミングアウトしていた芸人はこんなにいた
- 8片や料理芸人、片や世界選手権優勝! ラジオも人気のうしろシティ、最高...
- 9早くも消えそうなお笑い芸人多数? 2019年下半期、生き残るのは誰だ
- 1ついに冠番組消滅危機! 問題だらけの48グループ AKB48編
- 2マッチがタッキーに“追放”されそう? ネックとなる高額な報酬源とは
- 3AKB、指原卒業シングル発表で物議 疑惑の晴れないNGTメンバー参加で“不...
- 4関ジャニ大倉、ツアー初日に意味深なメッセージを発信 今後の活動は…
- 5嵐・相葉、ロケで女性の霊を連れてきて住んでいた? 有名人の“身の毛も...
- 6ジャニーズらしからぬ仕事も必要になった、売れてないジャニーズタレン...
- 7中居正広、ジャニーズ事務所“仕事納め”の噂? あの3人との合流は…
- 8SKE48、メディア露出減少の原因は「独自路線」? センターの相次ぐ卒業...
- 9ジャニーズ事務所の第3の勢力? 売れっ子俳優も参加するV6岡田准一の「...
- 注目画像
▲ページトップへ戻る