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コンビ解散後もピンとして活躍する芸人たち

 コンビからピンへ−−。今はピン芸人として活躍しているお笑い芸人も、デビュー時や無名時代は、コンビでコントや漫才をしていた例が多い。意外な人から、ネタになるほど有名なものまで、いくつか紹介していこう。

 日本一有名な芸人でいえば、レギュラー本数ならびにTwitterのフォロワー数が芸人イチの有吉弘行。90年代前半に、『進め!電波少年』(日本テレビ系列)でユーラシア大陸を多断していたころは、猿岩石というデビューまもないお笑いコンビだった。帰国後、ゆるやかにフェイドアウトしてくと、手裏剣トリオに改名。泣かず飛ばずで終わったため、解散した。相方・森脇和也は今、外壁塗装などを手掛ける企業の専務である。

 同局の『世界の果てまでイッテQ!』で活躍中の“珍獣ハンター”イモトアヤコは、デビュー時、東京ホルモン娘という女性コンビだった。相方は、フォーリンラブのバービー。現在の“珍男ハンター”だ。

 俳優としての実績も着実に重ねているカンニング竹山も、元は漫才師。小中学校の同級生だった中島忠幸と、カンニングを結成。ネタブームの到来と同時に火がつくかと思われた矢先の2004年、中島が病気で闘病生活に突入。翌05年、白血病によって逝去した。以降、“カンニング”を背負った竹山は、ピン芸人になった。

 同じく俳優でもあり、今年は監督デビューまではたす劇団ひとりも、元はスープレックスというコンビ。しかし、ひとりの素行不良や当時の相方・秋永和彦が蒸発するなどして、解消。ひとりは卓越した演技力を生かして、コントの腕を磨いた。

 ひとりと同世代にあたる土田晃之は、ボキャブラブーム時代にU-turnとして活躍。尖っていた土田に当時の相方・対馬盛浩はビビりまくり、継続不可能。土田に内緒で就職活動をはじめ、新天地が決まると同時に解散を告げ、芸能界から足を洗った。

 さまざまなコンビの遍歴。次回は、パートナーチェンジした芸人を挙げていこう。(伊藤由華)

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