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アイドル衣装でパンチラも? セクシーユニット時代の中谷美紀、CDは惨敗【有名人の消し去りたい“黒歴史”】

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中谷美紀

 女優の中谷美紀が主演するドラマBiz第7弾『ハル 〜総合商社の女〜』(テレビ東京系)が21日にスタートする。放送に先駆け、9日からチェインストーリー0.5話がスタートし、話題を集めている。

 そんな中谷は、芸能生活29年目を迎え、公私ともに順調のようだ。さて、中谷のデビューはアイドルだったことを知っているだろうか。

 中谷は、1991年から93年までの間、桜っ子クラブさくら組、KEY WEST CLUBというグループでアイドル活動をしていたのだ。だが、アイドル時代の中谷は想像しがたい“黒歴史”が潜んでいるようだ。

 90年代に入ると“アイドル冬の時代”が到来する。そんな中、1991年4月からスタートしたバラエティ番組『桜っ子クラブ』(テレビ朝日系)のオーディションで選抜されたのが『桜っこクラブさくら組』である。80年代に一世を風靡したおニャン子クラブの二番煎じ的な扱いだったが、世間がアイドルに飽きがきていたこともあり、CDはあまり売れなかった。

 だが、当時から中谷の美貌は図抜けており、同グループメンバー・東恵子とのグループ内の2人組ユニット・KEY WEST CLUBでCDデビューを果たした。ナイスバディぶりをアピールした、艶っぽい大人の雰囲気を醸し出したユニットだった。

 中谷は、1992年8月放送の『IDOLアイドル』(日本テレビ系)のコーナー「乙女の診察室」にKEY WEST CLUBとして出演。同局(当時)の永井美奈子アナウンサーとDr.ヨースケと称する男性が看護婦と医者に扮して、さまざまな質問に対するゲストの回答から心理を診断する内容だった。

 「黒のタイトなミニワンピの衣装で生足全開の2人は、いやらしさが漂う同コーナーに登場するなり『へぇ〜、色気あるでしょ』と司会の男性に観察され、次に『B85、W58、H87』と中谷のスリーサイズが紹介されました。すると、男性は『かぁ〜、16歳でしょ?』『すごいね〜、ホント』となめ回すように見つめ、コーナーの最中に中谷は『16で、このカラダよ!』と茶化され恥ずかしそうに首を振り、触角のように立ち上げた前髪を揺らしていました。中谷は同世代に比べると落ち着いた様子で大人びていましたが、何を聞かれても笑顔で素直に応じ、あどけなさが残った姿は初々しかったですね」(芸能ライター)

 そんな、ナイスバディがウリのユニットは3枚のシングルを発表した。

 「ミュージックステーション(テレビ朝日系)に出演した際は、アイドル的なアップテンポのノリノリなダンスを披露。全身純白でキメて、ツーピース姿で冬を彩るような衣装はまぶしかった。ところが、またしてもCDは売れず、3枚目のシングルでユニットは解散しました。『さくら組』時代には、クールでミステリアスな中谷からは想像もつかない、露出の多いフリフリの衣装を身にまとった。お尻の食い込みが丸出しの恥ずかしいパンチラ写真を雑誌に収められたこともあり、必死な活動も報われずなんだか気の毒でした」(テレビ関係者)

 中谷は、アイドルとして成功はしなかったものの、1993年放送の『ひとつ屋根の下』(フジテレビ系)で女優デビューを果たし、日本石油のCM出演で広く認知されていった。97年には、ミュージシャン・坂本龍一と“中谷美紀with坂本龍一”名義で『砂の果実』を発売。単体での活動にシフトした中谷は、結果的にブレイクした。そして、05年公開の映画『電車男』はロングヒットとなり中谷の代表作となった。

 昨年11月、「ウィーン国立歌劇場管弦楽団」などでビオラ奏者を務める8歳年上のドイツ出身者、ティロ・フェヒナー氏と国際結婚していたことを発表。直筆の手紙で結婚を報告した中谷の達筆ぶりは大きな話題となり、多くのメディアが取り上げた。不遇のアイドル時代があったからこそ、今の中谷が存在するに違いないだろう。

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