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天下の猛妻 -秘録・総理夫人伝- 福田康夫・貴代子元夫人(上)

 憲政史上初の「親子総理」として誕生したのが、この福田康夫であった。父親は田中角栄元首相と熾烈な「角福総裁選」を争い、敗れはしたが、のちに首相の座に座った福田赳夫である。
 元々、康夫は政治家になるつもりはさらさらなかった。麻布中・高から早稲田大学政経学部に入り、卒業後は丸善石油(現・コスモ石油)に入社、サラリーマンの道を歩むつもりであった。しかし、福田家の事情が変わった。父親の赳夫は自らの後継に次男・征夫を考えていたが、征夫が赳夫の秘書を務めるさなかに病気となり、後継者になるのが難しくなった。
 ために、やむなく康夫が17年間勤めたサラリーマンを捨てて征夫のあと釜の秘書となり、赳夫の政界引退とともに群馬県での地盤を引き継ぎ、初出馬初当選を飾ったものだった。平成2年(1990年)である。

 妻となるべき貴代子との出会いは、まだサラリーマン時代にさかのぼる。貴代子は元農相の孫娘、元衆院議長の姪にもあたり、義兄が毎日新聞の福田(赳夫)番記者だったことから、それが縁で福田家とは知らぬ間柄ではなかった。
 貴代子は東京学芸大学付属高校から慶応大学文学部心理学科に入り、卒業の際は日航(JAL)のスチュワーデス(CA)志望だった。すでに内定通知は受けていたが、念には念と思ったか、実力者の福田赳夫のもとを訪ね、日航入りを相談したのだった。そのときの模様は、次のようなものだったらしい。
 「赳夫もその三枝夫人も一目で彼女を気に入ってしまい、『スチュワーデスでなく、息子のところに就職してくれないか』と頼んだのです。康夫もまた一目惚れ。結局、彼女は日航の内定を蹴って康夫に“永久就職”を決めたというわけです。康夫は、彼女にこう言ったそうです。『僕は政治家にはならないから』と」(元福田派担当記者)
 貴代子は高校時代はバレーボール部に所属した身長170センチのスラリとした女優の檀ふみ似で、和服を着せれば“和服美人”が際立っていたとされる。一方で腰が低く、如才のないエネルギッシュな社交家の一面もあったから、政治家夫人としてドンピシャということだった。

 一方の康夫はと言えば、超のつく堅物サラリーマンだった。元福田派担当記者など関係者の“堅物エピソード”は、溢れるほどあり、次の如しである。
 「サラリーマン時代の同僚の話では、入社後しばらくは寮生活を送っていたが、寮ではクラシック音楽を聴きながら歴史小説をよく読んでいたそうだ。かと言って、同僚との付き合いが悪いというわけではなく、飲みに誘えばよく付き合っていたとされる。ただし、2次会にカラオケを誘ってもノーで、同僚の飲み代も含めてさっさと勘定を済ませて帰ってしまったそうです。当時、流行っていたキャバレーにも誘ったが、もとよりすべて断っていた」
 「“地味キャラ”は、政治家になってからも変わらなかった。スーツは紺とグレーを交互に着、ワイシャツも白だけ。ネクタイも10本ほどしか持っていない、いわゆる“ドブねずみファッション”で通していた。要するにマイペース。ために選挙区でも飄々としており、“康夫人気”が爆発することはなかった。“飄々選挙”で楽勝だったのは、偉大な父親の遺産と、貴代子夫人によるものが大きかったということだった」

 選挙区での“貴代子人気”は、なるほど抜群のようであった。これには、地元関係者の証言が多々ある。
 「康夫先生は泥臭い選挙活動は苦手のうえ、ほとんど東京にいてあまり地元に帰って来ない。まぁ、元々、政治家にはなりたくない人だっただけにやむを得ません。それを補ってあまりあるのが貴代子夫人だった。地元では、“綺麗な人”で知られていた。そのうえで、垢抜けしている。支持者への挨拶回りなど、愚痴も言わずにひたすら笑顔、これを1日200件くらいやったこともある。田植の時期などは、長靴をはいてわざわざ田んぼの中にも入って支援者と握手もする。支持者は大感激で、悪く言う人はまずいませんでした」
 「スゴイと思うのは、東京から選挙区の高崎まで、定期券を購入して頻繁に地元に帰ってくることです。決まって髪はアップ、地味なスーツ姿が多いが、持ち前の華やかさですぐ周りが明るくなる。康夫先生の選挙はすべて貴代子夫人任せ。夫人の存在がなければ、その後の先生の出世もなかったと見ている。最たる“献身妻”と言っていい」

 福田については、語り口はソフトだが、一方で「プライドが高い」「唯我独尊で政界での真の友人がほとんどいない」「皮肉屋で冷淡」との評もあった。しかし、この「政治家になりたくなかった男」に、突然、首相の座が巡ってきた。いささか慌てた福田だったが、「新ファーストレディー」たる貴代子はデンと構えたものであった。
=敬称略=
(この項つづく)

小林吉弥(こばやしきちや)
早大卒。永田町取材48年余のベテラン政治評論家。抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書に『決定版 田中角栄名語録』(セブン&アイ出版)、『21世紀リーダー候補の真贋』(読売新聞社)など多数。

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