ハルク・ホーガンの弟分、“ザ・バーバー”ブルータス・ビーフケーキがWWE殿堂入り!

スポーツ 2019年04月02日 17時40分

ハルク・ホーガンの弟分、“ザ・バーバー”ブルータス・ビーフケーキがWWE殿堂入り!ブルータス・ビーフケーキ

 世界最大のプロレス団体WWEは日本時間2日、ワシントンD.C.のキャピタル・ワン・アリーナで主力ブランドのロウを開催した。

 世界最大のプロレスイベント『レッスルマニア35』まで1週間弱。その前夜祭として位置づけられている殿堂入りセレモニー『WWEホール・オブ・フェーム2019』に向けて、WWE殿堂に入るのが誰になるのか注目されていた。既にD-ジェネレーションX、ホンキー・トンク・マン、トリー・ウィルソン、ハーレム・ヒート、ハート・ファウンデーション、スー・エイチスン(アルティメット・ウォリアー・アワード)の6組が発表されていたが、新たに“ザ・バーバー”ブルータス・ビーフケーキの殿堂入りが発表された。

 ビーフケーキがWWEに登場したのは1984年。翌年にはグレッグ・バレンタインとのタッグ、ザ・ドリーム・チームでWWE世界タッグ王座を獲得。1987年の『レッスルマニア3』のロディ・パイパー対アドリアン・アドニスの髪切りマッチに勝ち、アドニスの髪を切ったことから「ザ・バーバー(散髪屋)」のニックネームが付くと、その後も大バサミを持ったパフォーマンスで活躍した。

 1978年にデビューしたビーフケーキは、“超人”ハルク・ホーガンの弟という“設定”で活動。日本のメディアも当時は“ホーガンの弟”と紹介していた。1982年には“ホーガンの弟”エド・レスリーのリングネームで新日本プロレスに初来日。しかし、ホーガンの弟ではあったが、当時日本陣営(現在の本隊)に属していたホーガンと新日本マットでは対立した。これはビーフケーキのアイデアだったようだが、その後、ホーガンがアントニオ猪木氏を倒し、世界のスーパースターに飛躍したことを考えると、ホーガンと兄弟タッグを結成した方が日本でも人気が出たのは間違いない。

 1984年にホーガンの後を追ってWWE入りし、リングネームをブルータス・ビーフケーキに改名。1990年代前半にホーガンがWWE世界ヘビー級王者にもかかわらず、新日本プロレスと複数試合契約を結ぶと、マネージャーのジミー・ハートとともに“バーター”で再来日。目立ったマッチメイクはされなかったが、大きなハサミは持参していた。1994年にはホーガンとともにWCWへ移籍。その後もホーガンの“弟分”として行動をともにしている。近年でもインディー団体にスポット参戦しており、オールドファンを喜ばせている。

 『WWEホール・オブ・フェーム2019』は、日本時間7日、ニューヨーク州ブルックリンのバークレイズ・センターから世界配信される。

文 / どら増田
写真 / ©2019 WWE, Inc. All Rights Reserved.

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