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プロレスラー世界遺産 伝説のチャンピオンから未知なる強豪まで── 「坂口征二」表と裏からプロレス界を支えた“世界の荒鷲”

 日本プロレス界の発展に、選手としてだけではなく裏方としても尽力した坂口征二。
 筋骨隆々でいて均整のとれた肉体美。大型外国人と対峙してもその体躯はまったく見劣りすることがなく、アンドレ・ザ・ジャイアントらと真正面から組み合う姿を鮮明に記憶するファンも多いことだろう。

 その一方で、坂口の“名勝負”となるとどうか。
 アントニオ猪木には華麗さで引けを取り、巨漢といってもジャイアント馬場のような怪物性はない。常にどこか冷静なため、力道山のような苛烈さもない。
 そのリング上のたたずまいや持ち前のパワーファイトから、「きっと強いんだろう」「実力では猪木を上回るんじゃないか」と思いはしても、それと試合が面白いかは別の話である。

 決してチャンスに恵まれなかったわけではない。新日本プロレスの初期にはパット・パターソンや大木金太郎との因縁マッチ、あるいはUWF軍との抗争においても坂口が主役に躍り出る瞬間はあったが、結局は長くは続かなかった。
 「柔道家に限らず、何かスポーツ競技で実績を残した選手は、本質的にプロレスに合わないところがある。勝った負けたですべてが決まる感覚が染みついているから、たとえ自分が負けても“相手を光らせて試合を盛り上げる”というような、観客を意識した試合運びができないんですね。理屈では分かっているのでしょうが、どこかぎこちなくなってしまう」(専門誌記者)

 元レスリング五輪代表の長州力にしても、その人気は観客を意識して得たものではない。ハイスパートレスリングや“下剋上”というテーマが、そのときの時流に合ったという部分が大きかったのではないか。「坂口の技は無駄に痛いんだ」と某ベテラン選手が語ったように、格闘家とエンターテイナーの使い分けがうまくできない部分は、少なからずあっただろう。
 「サカさんの場合、根っこが真面目なせいなのか、アングルにもどこか乗れないところがあった。明治大学の大先輩であるサカさんに、小川直也が噛み付くという仕掛けで胸倉をつかんだんだけど、その後にサカさんが『おい! こんなことやるなんて聞いてないぞ!』なんて記者のいる前で怒鳴り散らしたことがあり、そんな言葉は記事にできないから困っちゃったよ」(ベテラン記者)

 だがそんな、ある意味でプロレスラーらしくない人柄があったからこそ、会社として新日が存続できたという面は少なからずあった。
 「昔、巡業のときはサカさんが日々の経費を仕切っていて、宿屋でオイチョカブをやって負けた連中が『サカさん、ハガミ(前借り)、お願いします』なんてよくやってたよ。猪木には周りの世話をすることなんてできないし、事務方の人間はレスラーの気持ちがどこか分かっていない。サカさんがいたからこそ、何かにつけてうまく回っていた部分はあっただろうね」(同)

 坂口が柔道日本一になった後、日本プロレスの人間と会食した際に分厚いステーキを食べるのを見て、プロレスラーになればこんないいものが食べられるのか、と感激してプロレス転向を決意したという有名なエピソードがある。
 つまり、坂口にとってのプロレスとはあくまでも飯を食うための仕事であって、自分自身がスターになって喝采を浴びることなど、きっと二の次だったのだろう。

 猪木をトップスターとして盛り上げていくことが、新日にとってベターな選択であるならば、自分自身はあえて二番手の補佐役に徹することもいとわない。
 「会社の中で猪木に対して唯一、ものを言える人間だった」(同)
 との評価もあるように、坂口の常識人的なかじ取りがあったからこそ、新日の運営がスムーズに進んだと言える。

 1990年4月、新日のドーム大会に全日本プロレスの選手たちが参戦するという“歴史的事件”も、常識人である坂口を馬場が信頼したからこそ実現したものだった。
 仮に、坂口が新日入りしていなかったならば、恐らく旗揚げして早々に、猪木はアントン・ハイセルのような金銭トラブルを起こして、あっけなく団体は崩壊していたのではないか。
 猪木自身もそのことが分かっていたからこそ、長らく坂口をフロントとしても尊重していた。逆に、猪木が坂口を“煙たい存在”として遠ざけて藤波辰爾を社長に据えると、すぐに“プロレス冬の時代”が到来することにもなった。
 つまり猪木の格闘技世界一決定戦も80年代の新日黄金時代も、あるいは現在のオカダカズチカや内藤哲也の活躍も、坂口なくしてはあり得なかったかもしれないのだ。
 日本プロレス史の陰の立役者としても、坂口は記憶されるべき存在なのである。

坂口征二
1942年2月17日生まれ、福岡県久留米市出身。身長196㎝、体重125㎏。得意技/アトミック・ドロップ、逆エビ固め

文・脇本深八(元スポーツ紙記者)

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