平成を代表する巨人の選手は誰? 「野球ファン以外も知っている」あの3人をピックアップ

スポーツ 2019年04月29日 06時00分

平成を代表する巨人の選手は誰? 「野球ファン以外も知っている」あの3人をピックアップ松井秀喜

 いよいよ平成が終わろうとしている。プロ野球界はFA制度によって大きく野球が様変わりし、メジャーリーグ移籍が当たり前となった。また、一時期逆指名ドラフトが導入され裏金問題を招くなど、さまざまな事案が発生した。

 今回から複数回にわたり、球団別に「平成を代表する選手」を振り返ってみたい。まずは球界の盟主と言われた巨人だ。

1、松井秀喜
 平成の巨人で最も人気と実力を兼ね備えた選手といえば、松井秀喜だろう。高校通算60本塁打の実績を引っさげ1992年のドラフトで1位で入団すると、当時の長嶋茂雄監督から英才教育を受けた。

 その才能は噂に違わぬもので、1年目から11本塁打を放ち、96年からは7年連続で30本塁打以上を達成。中心打者としてチームを引っ張り、2002年まで「巨人の顔」として活躍。本塁打王3回、首位打者1回、打点王3回と圧倒的な成績を残した。また、2年目以降故障なくほぼ全試合出場した「頑丈さ」も特筆すべき点だ。

 川上哲治、長嶋茂雄、王貞治、原辰徳という「生え抜き4番打者」の系譜を受け継いだ松井。「平成の巨人の歴史」に彼は欠かせない存在と言える。

◆通算成績
NPB
1268試合 打率.304(4572-1390) 332本塁打 889打点
MLB
1236試合 打率.282(4442-1253) 175本塁打 760打点

2、高橋由伸
 東京六大学野球で歴代1位となる23本塁打という記録を残し、逆指名で1997年オフ、巨人に入団。当時の長嶋茂雄監督から「21世紀を担う選手」として期待され、1年目から打率3割を放ち、ポテンシャルの高さを証明した。

 2年目以降は松井秀喜とともに巨人の中心打者として活躍。さわやかなルックスで女性ファンから絶大な人気を誇った。2015年オフ、原辰徳氏の監督退任に伴い、読売サイドから監督就任のオファーを受けた。当初は現役続行を希望していたものの、故障がちだったこともあり、引退を決断し、監督に就任した。

 広角に打つことができる打撃センスと長打力、そして強肩を活かした守備はまさにスターにふさわしいものだった。

◆通算成績
1819試合 打率.291(6028-1753) 321本塁打 986打点

3、斎藤雅樹
 1982年オフに巨人にドラフト1位で入団。1985年に12勝を挙げたが、その後はなかなか活躍することができず。「ノミの心臓」などと揶揄され、一時は野手転向もささやかれた。

 ところが平成元年である1989年、中日から移籍した捕手・中尾孝義の影響もあり、別人のように様変わり。11試合連続完投勝利の日本記録を達成するなどし、20勝を記録。さらに翌年にも20勝を達成し、名実ともに巨人のエースとなる。

 1990年代は二桁勝利7回を記録。最多勝5回、沢村賞3回など、輝かしい成績を残した。中でも勝率の高さは特筆もので、「斎藤が投げる日は相手のファンが負けを計算する」ほど。「ノミの心臓」と呼ばれた斎藤は「平成の大エース」と呼ばれ、絶大な信頼感を得るようになった。平成期に活躍した巨人の投手の中ではナンバーワンだと評価する人が多い。

◆通算成績
426登板 180勝96敗11セーブ 防御率2.77

 昭和の時代と比較すると、テレビ地上波中継もなくなり、優勝回数も激減するなど苦境の時代を迎えた巨人。しかし素晴らしい選手は数多く存在していたのである。

文・櫻井哲夫

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